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存亡の危機にある三味線 ーデザインからアプローチし復活に挑むー

2024/11/01

江戸時代、日本で最もポピュラーだった楽器が三味線です。長唄、義太夫節、清元節、常磐津節、都々逸など数多くのジャンルがあり、男女問わず広く愛されていました。
ルーツをたどると、中国から伝わった「三弦」が琉球王国で「三線(さんしん)」として発展し、16世紀ごろ本土に入って完成したようです。最初は上流階級のものでしたが、江戸時代に庶民に楽器が解放されたことで爆発的な人気を呼びました。日本独自で作り上げられた、日本固有の楽器と言われています。
ところが、時代が進むにつれて西洋音楽などに押されて人気が落ち、国内製造数が激減。昭和のころまで全国各地にあった三味線工房が次々と廃業し、現在はお茶屋さんなどで三味線文化が息づく京都でさえ、工房はわずか2軒です。全国的にみても、1工房の年間製造台数は5台以下と、ビジネスとして成り立たず、危機的状況にあります。

先人に学ぶことからデザインは始まる

そんな三味線にデザインからアプローチし、存亡の危機を乗り越えられないか。私が研究を始めたのが2015年ごろです。なぜ三味線復活にデザインで挑むのか。背景からお話したいと思います。
私は2011年に美術大学のデザイン科を卒業後、住宅関連のメーカーでプロダクトデザインを担当していました。新しいモノ、選ばれる商品を作ることに追われる日々。市場競争のデザインに終始することに疑問を感じて退職し、大学院に進みました。そして交換留学先のロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートで突きつけられたのが、オリジナリティーの追求でした。同時に、先人たちのデザインに対するリスペクトも学びました。古い作品はその魅力が失われたわけではなく、現代に通じる素晴らしいものが多々ある。そこから学ばなければ、デザインは始まらないことをたたき込まれました。そして教授にこう問われたのです。
「あなたは自分のデザインで何を実現したいのですか」。
当時は答えられませんでしたが、今はいくつか答えを持っています。そのひとつが「先人達が作り上げてきた素晴らしい日本の文化を、次の世代に受け渡していくために、デザインの側面から寄与していく」ことです。

課題は、三味線の魅力を知るきっかけの喪失

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三味線の話に戻りましょう。
実はこの研究を始めるまで、私は三味線を見たことがありませんでした。出身地の北陸では関わる機会がなく、年配の方の趣味といった印象でした。しかし、研究を始めて伝統芸能の方々と関わり、師匠のもとで常磐津節を習うなかで三味線がどう伝承されてきたかを知り、その奥ゆかしさにどんどん惹かれていきました。奥ゆかしさとは、私が学んだ常磐津節もそうですが、師匠から口伝えで習い、習ううちに少しずつ変化することです。絶対的な正解は存在しないため、師匠から弟子、その弟子からまた次の弟子へ。江戸時代から語り継がれている文化です。京都ではかつて、旦那衆と呼ばれる社長たちが三味線を習い、祇園で披露していました。ところが、旦那衆文化の翳りとともに三味線文化も衰退していきました。一方、脈々と三味線文化を伝承している人たちがいるのも京都です。京都にある本学で研究を続けるなか、私も知ることができました。
楽器としての潜在力は、現代でもまったく失われていません。それを知るきっかけが失われているだけのこと。この課題に気づいたことが、三味線をデザインから研究する契機となりました。日本ではデザインは魅力的な形を考える行為だと捉えられがちですが、デザインの基本は課題の発見と解決であり、物事をより良い未来に導くことです。

伝統は守りつつ、敷居を下げるしくみをデザイン

楽器としての最大の魅力は、人間工学に基づいて作られ、400年の歴史の中で完成している点です。棹の太さにより細棹、中棹、太棹とあり、棹の長さは微妙に異なりますが、日本人の腕の長さをもとに定められています。天神に糸巻きは摩擦でとまっているため、演奏中に素早く音程の調整ができます。シンプルな作りでありながら、豊かな表現を実現しています。
少し横道にそれますが、現在は焼き物など、さまざまな伝統工芸がデザインとコラボして新しい魅力を発信し、人気を呼んでいます。 ところが、伝統工芸のなかでも、和楽器はデザインからのアプローチが非常に難しい。人間工学に基づいた作りへの理解なしにデザイン計画を立てられません。また、日本の伝統文化の中には、姿形を変えずに継承することが美しいという価値観もあり、それもまた楽器の需要を閉塞させています。しかし、そんな悠長なことを言ってはいられません。松尾芭蕉の言う「不易流行」が必要です。伝統を守るには、時に変化を受け入れるということ。例えば京都では、町屋を守りながら、カフェやレストランとして変化させて新しい風を入れています。京都は街そのものが不易流行です。
三味線の魅力にたどりつく、新しい風の道をデザインする。リコーダーで言うところの手軽なプラスチックのリコーダーが必要です。伝統は守りながら、一方で敷居を下げ、多くの人が楽しめるしくみを作っていくことが私の研究です。

動物の皮を使わず、素材から見直し、課題の解決に取り組む

研究対象は、まず材料です。音を鳴らす音響膜には動物の皮が使われており、東南アジアから輸入されています。しかし、動物愛護の観点から輸入が難しくなり、皮を取るという考え方自体が、世界的に許されなくなっています。そこで代用として考えたのがドライカーボンです。炭素系の新素材は極限まで薄くしても形状をとどめ、かつ薄いので振動して音がよく鳴ります。また、防弾チョッキなどに使われているケブラー繊維を使った音響膜も試用しています。破れにくいためメンテナンスフリーで、ベーシックユーザーには最適です。
木材もほとんどが外材です。カリンや紅木、紫檀、黒檀などの硬い木が東南アジアやインドから輸入されていますが、ワシントン条約で入手困難になっています。そこで文献を調べてみると、昔は他の木材が使われていた時代もあったことがわかりました。
初心者には、入手しやすい木材で作られた三味線でもいいはずです。また、若い人が持ちたくなるようなポップな色の三味線があれば、ギターのように間口が広がります。
選択肢がないから、初心者が関わりづらい。この課題の解決に取り組んでいます。

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協働して伝統工芸を守っていく

全ユーザーが万全のスペックを持った三味線が欲しいわけではない。そうしたプロダクトデザインの発想を、伝統工芸の職人さんはあまり持っていません。伝統文化を守る強い意志のもと技を習い、それを実践して後世に継承していく伝承システムの中では、メーカーの商品開発的な価値観が育まれないのは当然です。また、外部の人間が事情も知らずに提案しても、だれも耳を傾けてくれません。そこで私は少しずつ人間関係を紡ぎ、職人さんと一緒に研究作品と呼ばれる試作品を作っています。
伝統工芸の研究に関わって気づいたのは、自分の手足を動かし、関係する人と会って丁寧にリサーチをし、対象物を取り巻く環境を分析していくことの重要性です。
伝統工芸のこれからを考えると、多様な専門家が一緒に考える「協働する器」が必要だと痛感します。単に伝統を変えるのではなく、変える意味や理由を考えるうえで、部外者が果たせる役割は大きいはずです。とくに営利目的ではなく協働できるのが大学です。
京都の中心で長い歴史を紡いできた同志社女子大学の教員として、伝統工芸の研究を続けることは使命かもしれないと考えています。

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