新たな気づきが生まれる場に。
社会における保険の役割の変革 ーテクノロジーの進歩と保険ー
保険はリスクに対する備えの手段として知られています。よって、保険への加入を考えている人は、自身のリスクをできるだけ小さくしたいと考えているのが普通です。そのため、保険料水準が高すぎなければ、事故時の損害額全てを保険金でカバーできる保険を選択することになります。このような保険を「全部保険」と言いますが、全部保険に加入することによって「ゼロリスク」の状況が実現することになります。
全部保険の副作用
そしてこの「全部保険」を保険会社から見た場合、最大量の保険を提供することを意味しています。このように言いますと、最大量の提供ができるということで保険会社にとっても望ましい状況が実現しているように感じるかもしれません。しかしながら実際には、個人が全部保険に加入することには「副作用」があるため、保険会社としては「全部保険が望ましい」とは言えない場合があります。
なおこの「副作用」は、(全部)保険によって生じる「個人の行動の歪み」によって説明されます。
損害防止努力とモラル・ハザードの発生
通常個人は、事故が生じないようにするための努力(損害防止努力)を行っています。自動車事故を起こさないように注意深く運転することや病気にならないように健康に気を付けることなどが例としてあげられます。このような損害防止努力の実施は、事故発生確率や発生損害額の低減というメリットがある一方で、損害防止努力実施に伴う費用や疲れるなどの不効用の発生というデメリットがあります。よって各個人はこのメリットがデメリットを上回ったときに損害防止努力を行うことになります。しかしながら全部保険に加入した場合、事故発生時の損害は全て保険金でカバーされます。よって個人の視点から見れば「事故が生じても生じなくても同じ」であり、それゆえに費用や不効用を生じさせてまで損害防止努力を行う誘因を持たないことになります。その結果、(全部)保険への加入によって個人が損害防止努力を行わなくなるという行動の歪みが生じることになります。
このような行動の歪みを「モラル・ハザード」といいますが、保険会社はこのモラル・ハザードの発生の抑止を考えつつ、保険を提供していく必要があります。
テクノロジーによるモラル・ハザード抑止策と保険の進化
現実社会において採用されているモラル・ハザード抑止策としては、一定額に達するまでの損害額については自己負担とする「小損害免責」や、今年度に事故が発生したかどうかによって翌年度の保険料を決める「経験料率」などがあります。またより直接的なものとして、損害防止努力の実施をもとにした保険料割引があげられ、自動車保険における自動ブレーキ割引や火災保険における消火設備割引などが例としてあげられます。
ただし上で述べた「損害防止努力の実施をもとにした保険料割引」を行うためには、損害防止努力が観察可能・検証可能であることが前提となります。逆に観察不能・検証不能な損害防止努力については、保険料割引の対象にはできません。それもあって、「自動車事故を起こさないように注意深く運転する」「病気にならないように健康に気を付ける」といった損害防止努力を保険料割引の対象とすることはできませんでした。
しかし昨今におけるテクノロジーの発展によってこのような損害防止努力が観察可能・検証可能なものとなってきました。具体的には、保険会社が運転特性(急ブレーキ・急発進をしていないかなど)にかかる情報を車内に設置した専用機器やスマホアプリなどを使って入手し、その情報に基づいて保険料を変化させる保険です。このような保険は「テレマティクス保険」と呼ばれます。そしてこのような新しい保険の出現は、各保険会社における保険商品の設計やマーケティングに対する変革要因となる可能性があります。さらに、テレマティクス保険には「普段から注意深い運転をする」ことを促す効果があることを通じての損害防止効果が期待できますが、このような効果は社会における保険の役割を変革する要因となるかもしれません。
取材に関するお問い合わせ
取材のお申込みをいただく際には、以下の注意事項をご確認いただき、「取材申込書」をご提出ください。