現代社会学部公開講座 第25期 町家で学ぶ京都の歴史と文化 ~第3回 『日本の香文化』~

2017/12/26

講師:畑 正高[香老舗 松栄堂 主人]

今から 1400 年ほど前に中国から香の素材が持ち込まれたことをきっかけに日本に香の文化は伝えられたといわれています。それから長い年月を経て、香の文化は育まれてきました。今回は、そんな今もなお、私たちを魅了する「香」の文化について、香老舗「松栄堂」の主人である畑正高さんを講師にお招きし『日本の香文化』と題してお話を伺いました。

 

まず初めに、香の素となる天然の香木についてお話をして下さりました。東南アジアに生息するジンチョウゲ科植物などの植物の樹皮が菌に感染し傷が付くと、それを治すために植物自身が樹液を出すようで、この樹液が固まって樹脂となり、長い時間をかけ胞子やバクテリアの働きによって樹脂の成分が変質し、特有の芳香を放つようになったものを「香木」と言い、昔も今も日本では産出されることのない貴重なものだそうです。また、お話を聞きながら、畑さんがお持ちして下さった貴重な香木にも実際に触らせていただきました。普通の木よりもとても重みがあり、天然の香料でしかつくりえない深みのある香りを感じることができました。

 

お香に関する日本での最古の記録は、595 年の推古天皇の時代にまで遡ると伝えられています。『日本書記』には「沈水」という香木が淡路島に漂着し、竈で焼いたところ遠くまで良い香りがしたため、この不思議な流木を朝廷へ献上したという記述があるようです。この朝廷に献上された流木を聖徳太子がすぐさま「これこそ沈水香というものなり」と鑑定されたというお話も残っているようで、これは既に大陸から伝わってきた仏教の普及に努めていたほど、聖徳太子が仏教に精通していたため、香木と断定できたのではないかと考えられているようです。また、人類の火の発見は香りの発見でもあったという畑さんのお話も興味深く、お香は、仏教の伝来とともに仏教儀式に欠かせないものの一つとして発達していったということが分かりました。

平安時代に入り、いろいろな香料が輸入されるようになると、貴族たちの間で宗教上のお香とは別に、暮らしの中で香りが楽しまれるようになり、選んだ香料を練り合わせて楽しむ「薫物(たきもの)」が流行しました。その他にも衣服に香を焚きしめて移った香りを楽しむ「移香(うつりが)」や部屋全体に香りをくゆらす「空薫(そらだき)」などがあり、『枕草子』や『源氏物語』などの王朝文学にも、香についての記述がたくさんあります。そこで、畑さんが松栄堂では販売していないという『源氏物語』の主人公である光源氏をモデルに作った非売品の貴重なお香を「空薫」して下さりました。通常のお香よりも一回に使用する量はほんの少しですが、そこから部屋中にふわっと広がる香りはとても奥深く、長い歴史を感じられるようでした。現代の香水と同じように、お香も時間が経つと香りは変化するため、お話しを聞きながら香りの変化を楽しむことができました。お香というと、線香のようのに火を付けるというイメージしかなかったのですが、印香、練香、香炉といった熱によって香りを楽しむ方法といった様々な香りの楽しみ方を学ぶことができました。普段の生活の中で洋風の香りに触れることは多いですが、お香を頻繁に焚いて楽しんでおられる方は少ないのではないでしょうか。日本の歴史と香文化の関わりだけでなく、千年の都である京都に脈々と伝わる日本古来の「お香」の香りを楽しむという体験ができた貴重な一日となりました。