2012年4月

2012/04/01

 新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。みなさんの新しいご出発をこころからお祝い申しあげます。そして、このキャンパスでの学生生活が、みなさんの人生の目標に近づく一助となりますようにと願ってやみません。

 冒頭に掲げた聖句(聖書の言葉)は、古来親しまれてきた人生訓のひとつです。座右の銘のようにして、大切にしてきたひとも、出典が聖書であったこ とを知らなかったひともあるかもしれません。門というのは不思議な場所です。門のこちら側と向こう側、ふたつの世界を隔て、そしてふたつの世界を繋ぐ場所 です。入り口であり、出口です。門の向こう側にはどんな世界が広がっているのか、一歩でも足を踏み入れて覗いてみたい、この門をくぐってみたい。それが門 という場所が放つ魅力です。その憬れが強ければ強いほど、ひとは努力を重ね、その結果、閉ざされていた門も開かれるのです。そして、改めて同志社女子大学 の門をくぐられたみなさんのこれまでのご努力に敬意を表します。

 この門の内側で、みなさんはこれからどんな学生生活を過ごそうと考えておられるでしょうか。そして、みなさんにとってこの門はどんな世界にと通じる門なのでしょうか。同志社の創立者新島襄は、

 我が校の門をくぐりたるものは、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学家になるもよし、且つ少 々角あるも可、気骨あるも可。ただかの優柔不断にして安逸を貪り、苟(いやしく)も姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと、これ予の切に望み、 ひとえに希うところである。(片鱗集)

と語ったことがありました。新島は、同志社の門をくぐるものに、資格や成果、あるいは結果を要求するとか、なにかのゴールを設定することはしません でした。どんな途を進むにしても、新島が求めたのは、怠惰に流されず、自分の意思をしっかりと持って、多少頑固ではあっても、不断の努力を惜しまず、不正 を遠ざけるような姿勢でした。

 さて、学生たちにこのように訴えた新島自身はいったいどのような門をくぐったのでしょうか。新島は幕末期に国禁を犯して渡米し、前後10年近い留 学生活を経て、帰国後1875年に同志社英学校を設立しました。本学のルーツとなる女子塾の開学はそのわずか1年後、1876年のことです。近代日本に、 学校制度や教育制度が整う以前に、教育の理想を高く掲げて歩んだ新島と協力者たちの苦労は想像に難くありません。理想への困難に満ちた歩みこそが、新島に とって開けなくてはならない門であったのです。若い日の海の向こうへの憬れが、この門を開いたのかもしれません。

 本学の門をくぐられたみなさんは、今度はこのキャンパスでどのような門をたたこうとしておられるでしょうか。みなさんの研鑽の日々が、みなさんの希望と憬れにつながるものでありますようにとこころから願っています。

(ん)