2026年9・10月 今月のことば
イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。
《ヨハネによる福音書 13章7節》
日本聖書協会『聖書 新共同訳』より
みなさんは充実した大学生活を送っていますか。私が入学した大学は進学を希望したところとは異なる先でした。早くに気持ちを切り替えてそれはそれで楽しんでいたつもりですが、その後、何度も「あの大学に行ってたらどうなっていたかな」と考えることがありました。就職についても同じでした。とはいえ、日々は様々な選択の繰り返しで、時には素早く、時にはじっくりとその選択肢から決めていかなければなりません。選択が1つでも異なると今の自分にはなっていないので、今となってはそれなりに良かったのだと思っています。
この「判断」について少し考えてみましょう。今やネットミーム化している鱗滝左近次の「判断が遅い」は(『鬼滅の刃』1巻、2話「見知らぬ誰か」より)、戦いにおいてパッと戦略や対応を考えることのように思われがちですが、普段から自分はどうしたいのか、どうすべきなのか腹を括って覚悟を決めておけということであり、それがあれば自ずと道は見えてくる、細かい判断に迷うことはないという指導です。つまり「判断が遅い」は覚悟が決まっていない、日頃からの考えが足りていないということなのです。『ゴールデンカムイ』に登場するウイルクも究極の事態に、瞬時に顔の皮を自分で剥いでのっぺらぼうになる判断を下しています(『ゴールデンカムイ』27巻、269話「ウイルクの判断」)。この時に私の中では鱗滝さんの指摘がずばっとリンクしました。もちろんマンガの、命のやり取りがかかった話と日常は違うのですが、自分の中にその信念を持つこと、覚悟を決めるために積み上げていくことが必要なのだと思います。
私の人生の目標は、出来るだけ後悔がないように生きることです。自分の人生が良いものであったか、判断は正しかったのかは、その時に決定するのだと思います。
(MFM)