2026年6月 今月のことば

2026/05/29

春学期も中盤に入り、季節は梅雨へと向かっています。日々の課題に追われている人も少なくないでしょう。人は、何かに追われていたり、やるべきことが重なって余裕がない時、周りが見えにくくなることがあります。私自身も、後から振り返り、あの時の言動は自分本位だったと思うことがあります。
聖書に次のような言葉があります。

「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」

《ヨハネによる福音書 12章24節》
日本聖書協会『聖書 新共同訳』より

少しドキッとする言葉ですが、「自分を犠牲にしろ」という意味ではありません。麦の粒はそのままだと一粒ですが、土に落ちると殻を破って芽を出すよ
うに、変化の中に実りがあることを示しています。人も、自己を守るだけでは広がりはなく、何かを手放したり変わることで、実りは自分の中にとどまらず、他者へと広がっていくのです。私たちは日々、自分を維持するために、傷つかないように、失敗しないように生きています。それは当たり前のことです。けれども、実りのためには、自分のことをつい優先してしまう自己中心的な気持ちを少し手放し、一歩前に踏み出すこともまた、大切なのです。冒頭に述べたような、余裕のない時にこそ、触れたい聖句です。

この言葉を大切に生きた人として、同志社女学校の卒業生・井深八重がいます。彼女は22歳の時、ハンセン病と診断されました。当時この病気は強い偏見と隔離の対象とされていました。そしてそのような社会状況の中で、それまでの暮らしから切り離され、遠く離れた療養所で暮らすこととなったのです。その後、診断が誤診であったことが明らかになります。それでも彼女は療養所を離れず、看護師となってハンセン病の人々に寄り添い続けました。それは「一粒の麦」の言葉を思わせる歩みであったように思います。井深八重の墓には「一粒の麦」という墓碑銘が刻まれています。

忙しい日々の中でこそ、この言葉を思い起こし、誰かに目を向ける余白を心の中に持つことができますように。

(EY)