2025年11月 今月のことば
だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。
《ヤコブの手紙 1章21~22節》
日本聖書協会『聖書 新共同訳』より
ゼミナールが始まると、大人数講義のときとは違い、学生一人ひとりとじっくり向き合う時間を持つことができます。教員として学生に何かを伝える仕事を始めて、非常勤含め10年近くになりますが、年数を重ねるたびに上手くできることが増えていく一方で、「どうすればより多くの学生に経験や知識、教訓を伝えられるのか」と悩むことは、未だに尽きません。学生の理解力には個人差があり、言葉の受け取り方もさまざまです。ときには思わぬ誤解が生じ、人に伝える難しさを痛感することもあります。
そんな大学での日々の中で、指導を通じて驚くような能力に出会うことがあります。アドバイスを素早く吸収し、確実に次へとつなげていく学生。教員の教訓を自分なりに咀嚼し、生活態度の改善に努める学生。そうした姿を見ていると、大学生における成長の差とは、才能の有無よりも「素直さ」の違いにあるのではないかと感じます。ここで言う素直さとは、生まれ持った資質というよりも、人の話を聞く態度や謙虚さ、自分への厳しさ、向上心といった“心がけ”のことです。
私が学部生だった頃は、自分をうまくコントロールできず、思うようにいかないと「自分には才能がないのでは」と落ち込むことが多くありました。特にプロとしての道を目指していたため、そう感じることが一層強かったのかもしれません。また、先生からよく褒められる優秀な学生がいると、あの子には特別な才能があると思っていました。しかし、今になって思うのは、皆さんは自分が思っている以上に、はるかに多くのことを実現できる力を、生まれながらに持っているということです。それをどう発展させていくかは、日々の“素直な姿勢”と“努力を続ける意志”にかかっているのだと思います。
(PoPo)