2018年5月 今月のことば

2018/05/09

   夕暮れ時、大階段を降り、右に緩く折れる小径を行くと、正門へと続く階段が見えてきます。階段を飾る満開の桜、ソメイヨシノ。山城を遠景にとても見応えのある風景、お気に入り。でも圧巻の風景は呆気なく終わってしまいます。ソメイヨシノは木一杯に沢山の花をつけます、本当にお見事。これは江戸末期、植木職人が集まっていた江戸の染井村で売り出された園芸品種の「吉野桜」なのだそうです。母方の遺伝子は葉緑体の継承から「江戸彼岸」、父方は「大島桜」、ちょっぴり、「山桜」も混じっている。自家受粉では種子が出来にくく、台木に穂木を繋ぎ合わせる接ぎ木の手法で殖やされる。だから、全国、全てのソメイヨシノは同一の遺伝子を持つ。遺伝子に刻まれた記憶によって一斉に咲き、一気に散り終えてゆく。百数十年以上も頑張ってきたけれど、もう、苗木が供給されることはありません。今後は米国帰りの父を持つ「神代曙」(ジンダイアケボノ)に受け継がれていくそうです。さくらの謂れは、田の神、さ神様が宿る御磐(みくら)だったり、神話に登場する美しい木花咲耶姫(このはなさくやびめ)だったり。古代から日本人の心に深く根ざした言葉。だから、ぱっと咲いて、ぱっと散る、その姿に私たちの心は強烈に共鳴するのかもしれません。華やかさはほんの一時、直ぐに儚さが漂います、人の想いもそのようなもの。

   そんな儚い時には、祈りの言葉が沁みるかもしれません。礼拝堂を出てみれば、儚い余韻を残して葉桜になったソメイヨシノのあとには、門や碑の傍らに枝垂桜が重そうにたくさんの花を咲かせています。そうこうしているうちに、三号棟と七号棟に囲われて窮屈そうに枝を広げる欅の木が全面に新緑の葉を付けます。生命の息吹が感じられて、こちらも元気が出てきます。そして、そろそろ、躑躅の花も迎えてくれるでしょう。

(attic)