2015年9・10月 今月のことばを掲載しました。
青年期の悩み多き学生の皆さん。老いも若きも人生に悩みやストレスは尽きません。この人生の荒波を乗り越える「生きる力」はどこから生まれるのでしょうか。この問いに、健康社会学の立場から示唆してくれている人がいます。ユダヤ系アメリカ人アーロン・アントノフスキーAaron, Antonofsky(1923-1995)です。
現代医学は、病気や問題の原因を追求し、それを予防したり取り除いたりすることによって健康を回復させてきました。この医学の発展によって人類に多大な貢献をしたことは誰もが認めていることでしょう。一方、健康をみるもうひとつの視点があります。それは、病気の原因に注目するのではなく、同じストレスを受けても、病気になる人とならない人がいる。その違いはどこにあるのだろうか。言い換えれば、人はなぜ健康でいられるのかという観点から考えることです。これがアントノフスキーの提言した健康生成論です。
健康生成論の中心概念は、Sense of Coherence(「首尾一貫感覚」あるいは「調和の感覚」と訳されています)で、前述した「生きる力」に近い概念です。彼がなぜこのような発想の転換ができたのか、自身の著書(Antonofsky, A. 1987)の一部を少し改変して紹介します。
「1970年代に、医療社会学者としての私の仕事に根本的な転換をもたらす非常に具体的な経験をした。イスラエルに住む女性たちの健康に関する研究において、1914年から23年の間に中央ヨーロッパで生まれ、ヨーロッパ大戦下の1939年には、16歳から25歳だった女性たちのグループに、何気なく、強制収容所を経験したかどうかをイエス/ノーで尋ねた。情緒的な健康度の評定を、強制収容所からの生還者とそうでない対照群とのあいだで比較した結果、情緒的な健康が保たれている女性の割合は、対照群では51%であるのに対し、生還者群では29%であった。そのとき注目したのは、51%と29%の差が非常に大きいことではなく、強制収容所からの生還者の29%の人が良好な精神的健康を保っているということであった(身体的健康度においても同様の結果であった)。彼女たちは想像を絶するような恐怖を経験し、その後何年も難民であり続け、人生を立て直そうとした建国の地イスラエルで3つの(中東)戦争を目の当たりにした。それでいてなお良好な健康状態を保っているのである。このことは、私にとっては驚くべき経験であった。」
アントノフスキーによれば、このSense of Coherenceは人生経験の質によって形成され、人生経験の質は、人種、文化、環境等様々なものに影響を受けるとされています。中でも私が注目したのは、両親、友人、恩師を含む人や本との出会いです。
皆さんもいろいろな体験をし、人との関わりを大切にすることをおすすめします。そして本との出会いも大切にしたいものです。皆さんのこれからの人生が豊かであることを心から願っています。
(Cosmos)