1週間の聖句(9/25~10/2)

2026/10/05

ローマの信徒への手紙 12章 4~5節 

というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。

 

詩篇 139編 13~16節

あなたは、わたしの内臓を造り
母の胎内にわたしを組み立ててくださった。
わたしはあなたに感謝をささげる。
わたしは恐ろしい力によって 驚くべきものに造り上げられている。
御業がどんなに驚くべきものか わたしの魂はよく知っている。
秘められたところでわたしは造られ
深い地の底で織りなされた。
あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。
胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。
わたしの日々はあなたの書にすべて記されている
まだその一日も造られないうちから。

 

コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章 4節

賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。

 

ヨハネによる福音書 3章 16節

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

 

ヨハネによる福音書 20章 24~29節

十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

 

箴言 18章 10~15節

主の御名は力の塔。
神に従う人はそこに走り寄り、高く上げられる。
財産は金持ちの砦、自分の彫像のそびえる城壁。
破滅に先立つのは心の驕り。
名誉に先立つのは謙遜。
聞き従う前に口答えをする者
無知と恥は彼のため。
人の霊は病にも耐える力があるが
沈みこんだ霊を誰が支えることができよう。
聡明な心は知識を獲得する。
知恵ある耳は知識を追求する。

 

マタイによる福音書 10章 26~31節

「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」

 

詩編 23編 1~6節

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ
憩いの水のほとりに伴い
魂を生き返らせてくださる。
主は御名にふさわしく わたしを正しい道に導かれる。
死の陰の谷を行くときも わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。
あなたの鞭、あなたの杖
それがわたしを力づける。
わたしを苦しめる者を前にしても
あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
わたしの頭に香油を注ぎ
わたしの杯を溢れさせてくださる。
命のある限り
恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
主の家にわたしは帰り
生涯、そこにとどまるであろう。

 

ヨハネによる福音書 1章 18節

いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

 

フィリピの信徒への手紙 4章 6~7節

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

 

マルコによる福音書 1章 14~20節

ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

 

マタイによる福音書 7章 24節

「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」

 

(日本聖書協会 『聖書 新共同訳』より)