記念対談 女子写真の潜在力

SEITOフォトコンの可能性

※掲載情報は2013年5月13日時のものとなります。

五年間の軌跡、今後に期待すること

森:
五年間を振り返り、全体を見渡した上で感じられたことはありますか?
綾:
本でいうところなら読了感が気持ちいいというか、本当に爽やかなんです。そういう意味で、高校生の女の子が持っているポジティブな表現というのを、幅広く見ることができたなという満足感はあります。あとはコンテストという枠組みの中で難しいとは思うのですが、ネガティブな感情を表現したようなタイプのものがもう少し入ってきてもいいのかなと思います。
森:
いわゆるガーリーフォトの「半径五メートル」。皮膚感覚として身近な友だちとか、おじいちゃん、おばあちゃん、あるいは子どもやペットをとらえた作品は相当数あります。にもかかわらず、一番身近なはずの自分自身を見つめたセルフポートレイトはほとんどありません。パブリックな社会的視点をもった、ドキュメンタリーにつながるような視点も少ない。
どうなんでしょう。高校生ぐらいまでは現実を見ないで、友人との語らいだとか、おじいちゃん、おばあちゃん、家族とのひと時、いわば理想的な一種のユートピアの中を生きる。それでいいのかなという気もしますけども。ただ人間や社会というのはそう簡単ではない。日常の中の心地よい断片を切り取っているけれども、その前後にはもっと複雑な感情、シリアスな思いとか、やりきれない切なさとか、おそらくいろいろあると。そこが排除されている感じが、表現としては物足りないということですね。
綾:
二〇一一年度に最優秀賞をとられた『17歳、ある日のわたし』なんかは、ちょっと全体の流れとは違うタイプの写真だと思うんですけど、こういうのがもっと入ってきてもいいのかなと。ネガティブという意味ではないんですけど、みなさんもう少しいろんな感情があるだろうと思いますので、その部分をもっとコンテストに出してこられた方がいいのではないでしょうか。今の若い方が本当に何を感じておられるのかというのは、興味がありますので、そういう正直な思いとしても出していただけたらと思います。

人生観的なものだったりとか、命とか、死であったりとか、
抽象的なものを撮ることに対する写真の方向性というのは、
日本ではすごくあると思います。
- 綾 -

森:
あと、どうでしょうか。例えば、川内倫子※5は今や日本を代表する女性写真家になりましたけど、彼女の作品には、ごくありきたりの日常が撮られているにもかかわらず、そこに、そこはかとなく、不思議な感覚の漂う世界が立ち現れている。そういう作品は、今回この五年間の作品中には見受けられなかったような気がします。日常生活を描写しているものはたくさんあるんですけど、その日常性の中に、普段は見えない何かを感じさせる。日本の女性写真家の中には、そういう表現が多いと思うのですが。
綾:
ちょっと抽象的なというか。撮っている被写体自体は自分の身近にあるものだけども、被写体そのものの意味を撮っているのではなくて、それを取り巻く、そうですね、人生観的なものだったりとか、命とか、死であったりとか、抽象的なものを撮ることに対する写真の方向性というのは、日本ではすごくあると思います。そういうのがこの五年においては入ってきていない。高校生の一番感受性が豊かなときであれば、そういう作品がかえって撮れるかもという気もしますので。
あとは一時期一世を風靡した、面白いといわれる写真を撮る梅佳代※6なんかの、日常の中のユーモアというような写真もあまりなくて。出しちゃいけないと思っているのかなという気もしますが。
森:
笑いを誘っていくような方向ということですよね。
綾:
梅佳代の写真の場合、意図的にというよりは、人生の中で普通に真面目にやっているのに笑いが起こってしまうという、人間の悲哀みたいなものさえ感じるところがあるんですけど。そういうのを見つけてきて撮るのがすごくうまい。そういうスナップショット、日本の作家は撮るのが結構うまいんですけど、そういうのはなかったですね。
森:
今後に期待ということでしょうか。
あともう一つ加えるならアート系。現代美術の世界では写真を表現の道具として使う女性が増え、優れた作品が数多く生みだされています。例えばやなぎみわ※7。先ほど、コンストラクティッド・フォトという話がありましたけど、彼女は女性性を前面に押し出したコンセプトを練り上げ、作品化することを徹底しています。他に、米田知子※8は、歴史への接続を試みる写真作品を制作しています。もしかするとオノデラユキ※9、澤田知子※10、野口里佳※11らも、このフィールドに位置づけた方がよいのかもしれません。アート性の強い、コンセプチュアルな仕事においても、女性の活躍が目覚ましいと思います。コンテストでも、徐々にそういう方向の作品が出品されることを期待しています。

※5 川内 倫子 Kawauchi Rinko
1972年滋賀県生まれ。写真家。2002年第27回木村伊兵衛写真賞受賞。写真集に『うたたね』『Cui Cui』『illuminance』など。個展、グループ展は国内外多数。2012年東京都写真美術館にて『照度 あめつち 影を見る』。
左―川内倫子『うたたね』 リトルモア、2001年

※6 梅 佳代 Ume Kayo
1981年石川県生まれ。写真家。日常を独自の視点で切り取る作品が高い評価を受け、国内外の媒体や個展・グループ展などで作品を発表。主な著書に、『うめめ』(2006年)、『男子』(2007年)、『じいちゃんさま』(2009年)、『ウメップ』(2010年)など。2013年4月13日より、東京オペラシティ アートギャラリーにて個展を開催。第32回木村伊兵衛写真賞受賞。
左―『うめめ』 リトルモア、2006年

※7 やなぎ みわ Miwa Yanagi
美術作家・演出家。1993年、京都で初個展を開催し、96年以降、海外の展覧会にも多数参加。2009年ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館代表作家。近年は演劇の作・演出を行なっている。
やなぎHP http://www.yanagimiwa.net/
左―やなぎみわ『Elevator Girls』青幻舎、2007年

※8 米田 知子 Yoneda Tomoko
1965年兵庫県生まれ。ロンドン在住の写真家。著名な知識人の眼鏡、手紙や書物などを組み合わせた『見えるものと見えないもののあいだ』(1998年~)で評価を確立。人間の記憶や歴史などをモチーフにした、ジャーナリスティックな視点に定評がある。ほかに『シーン』(2002年〜)、『Rivers become oceans』(2008年)などがある。
左―米田知子『In-between 9』EU・ジャパンフェスト日本委員会、2005年

※9 オノデラユキ Yuki Onodera
1962年東京生まれ。パリを拠点に活動する写真家。空を背景に古着を撮影した『古着のポートレート』(1995年発表)や、箱形カメラの内部にビー玉を入れて街の群衆を撮影した『真珠のつくりかた』(2001年発表)など、実験的、物語的な撮影を行う。作品集に、『オノデラユキ』(2010年出版)などがある。
左―オノデラユキ『オノデラユキ』淡交社、2010年

※10 澤田 知子 Sawada Tomoko
1977年兵庫県生まれ。アーティスト。様々な外見の女性400名に扮した自身を、自動証明写真機で撮影した『ID400』(2004年出版)が脚光を浴びる。以降、セルフポートレートなどの手法を用いた写真、映像制作を行なう。その他に、『OMIAI♡』(2005年出版)、『FACE』(2005年発表)などがある。
左―澤田知子『ID400』 青幻舎、2004年

※11 野口 里佳 Noguchi Rika
1971年埼玉県生まれ。ベルリンを拠点に活動する写真家。従来の山岳写真とは異なった視点で富士山と登山者をとらえた『フジヤマ』(1997年発表)や、ピンホールカメラで太陽そのものを撮影した『太陽』(2006年発表)など、詩的、観念的な要素の強い作品を得意とする。作品集に、『光は未来に届く』(2012年出版)などがある。
左―野口里香『光は未来に届く』 IZUPHOTO MUSEUM、2012年

女性の写真表現文化を育て、社会をより豊かに

かつての女性の写真家は数えるほどしかいなかったけれど、
今や世界的に活躍する人もたくさん出てきた。
- 森 -

森:
そしてその背後には優れた女性キュレーターや、綾さんのような女性ギャラリストが存在し、作家たちを育てていく土壌ができつつある。それが今後もっと増えていくことが、期待されていると思います。

まだ点が少しずつ増えている
という感じですが、でも着実には増えている。
増えていくと線になり、面になると思うので、諦めずに続けることだと思います。
- 綾 -

森:
それと同じことが、この「SEITOフォトコン」にもいえるのかもしれません。まだ五年しか経っていませんが、今後も長く続けていくことで、女性による写真表現文化を支え育てていき、そのことが、ひいては社会をより豊かにするような原動力になればと思います。
綾:
世界で唯一というのはやはり貴重なことだと思いますし、それが日本であるという必然は本当に感じますので、ぜひ続けていただきたいと思います。でも何より続けるのが一番大変ですよね。
森:
「SEITOフォトコン」の将来を期待していただいていて、我々としても勇気づけられる思いです。今後、表現にさらなる幅や奥行が出てくることで、一層面白いコンテストになると感じます。多くの人材を発掘し、育て、そのことによって社会を変えていく。大きな目標に向けて、できる限り長く続けることが大切だと改めて感じさせていただきました。本日はありがとうございました。

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