dwcla TALK ようこそ新しい知の世界へ

教員が語る同志社女子大学の学び

写真

「がん細胞」
×
「薬学」
×
「医学」

難治性乳がんに対する
新しい薬剤治療法の開発へ
すべての経験を生かして挑む

医療薬学科

𠮷川 清次教授

外科医から基礎研究の道へ。新しい治療法で患者さんを救いたい。

高校時代とにかく臨床医になりたかった私は、医学部に進学。基礎研究にはあまり興味を持たず、卒業後は外科医として救急患者さんの対応やがん患者さんの手術を担当していました。そんなときに出会ったのが、患者さん思いの熱血漢で、若手に厳しく指導される外科部長の先生でした。ウインドサーフィンを趣味にしつつ、外科医としても腕の切れるその先生は、外来の合間に生化学の英語の本を熱心に読んでいらっしゃる。不思議でした。
理由を尋ねると、「自分の大学院時代の研究が、どう進行したかを教科書で知りたいんだ」と。実は先生が著名な研究論文の執筆者だったことを、後で知ったのです。優れた臨床医でありながら、なおも基礎研究を追求していらっしゃる姿は眩しいばかりでした。

その先生の外科グループでは、英語の医学論文を紹介する論文抄読会が定期的に開かれていました。そこで、がんの制御遺伝子に関する論文を私が紹介したところ、先生が非常に興味を持ってくれました。先生に「なぜ大学院に戻って研究をしないのか」と聞かれました。手術をしてもすぐに再発や転移をする難治性のがんで苦しむ患者さんを前に、別のアプローチで治療ができないかと考えていたときでした。基礎研究をしよう。決心しました。

大学院に戻り、当時医学部病理学教室におられた高橋玲先生 (現同志社女子大学特任教授) の研究室で、病理学を学びながら遺伝性乳がんの原因遺伝子の研究をスタート。学位取得後、遺伝子を自由に切り貼りする分子生物学を習得したいと考え、同じ大学構内の研究室へ学内留学しました。のちにノーベル生理学・医学賞を受賞される本庶佑先生の研究室です。免疫細胞の一種であるB細胞の抗体遺伝子を研究し、さまざまな技術を学びました。
その後、医学教育、RI教育、大学と企業の連携を担う産学連携の仕事や、製薬会社の業務も経験しました。基礎研究者として生きる覚悟を決め、アメリカへ留学。T細胞免疫の大家のもとで乳がん幹細胞の研究を続けました。帰国後は、製薬企業との創薬研究プロジェクトの主任研究員として研究を続けました。

写真

Read More

がん細胞の顔つきが変わった瞬間、治療の手立てがなくなる。ここに着目。

いろいろな経験をしてきましたが、一貫しているのは乳がんとの対峙です。難治性の乳がん治療に貢献したい。標準治療では限界がある症例に対して、これまで学んだ基礎研究、分子生物学の技術を使い、新しい薬剤治療法を見つけることが私のテーマです。

最近は多様な治療薬が出てきたことで、がんをコントロールできるようになってきたものの、まだ完全にコントロールはできません。その理由の1つは、がん細胞が顔つきを変えるからだとわかってきました。それが上皮間葉転換(EMT, Epithelial-Mesenchymal Transition)です。

乳がんなどは上皮細胞から発生し、細胞が密に増殖します。この場合、がん細胞は転移や浸潤(周囲に広がっていくこと)はあまりないため、悪性度は高くありません。ところが上皮間葉転換(EMT)が起きると、上皮細胞が間葉細胞に変化します。上皮細胞が間葉細胞に変化すると、細胞が散らばってバラバラに増殖するため転移や浸潤がしやすくなり、それに伴って治療抵抗性を獲得し、一気に悪性度が高くなります。乳がんだけではなく、悪性の脳腫瘍の膠芽腫、すい臓がん、肺がんでも起こることがわかっています。しかし、上皮間葉転換(EMT)を起こしたがん細胞を抑える手立てが、未だないのです。顔つきが変わった瞬間に治療の手立てがなくなり、がん細胞が生き残っていく。世界中の研究者がこの問題を追いかけています。

私自身は、上皮間葉転換(EMT)の研究に加え、逆に間葉細胞を上皮細胞に変化させることができれば治療をしやすくなるのではないかと考え、間葉上皮転換(MET)の研究も進めています。
その成果のひとつが、短鎖RNA(shRNA)の発見です。短鎖RNA(shRNA)とは、間葉系乳がん細胞の上皮化を誘導する分子です。蛍光タンパクを組み込んだ特殊な人工遺伝子を細胞に導入することで、上皮間葉転換(EMT)とその逆の間葉上皮転換(MET)を起こしたときに蛍光し、モニターが可能となるdual EMT/METレポーターを開発しました。このレポーターにより強力に上皮化を誘導する短鎖RNA(shRNA)を発見しました。

また別の戦略として、間葉細胞の弱点を探るなかで、間葉系乳がん細胞を脂肪のような細胞に分化させることができるのではないかと考え、その分化誘導する方法を発見。現在はこの治療応用を探索しています。

かつて外科医として乳がんに苦しむ患者さん前にした私は、なんとか新しい薬物治療法を確立したいと研究の世界に飛び込みました。しかし、自分の目的意識が強すぎて、ゴールだけを見ていてもダメだということがよくわかってきました。本庶先生のノーベル賞の受賞対象となった免疫チェックポイント阻害薬の研究成果からも明らかなように、回り道するぐらいの余裕がなければ大事なものを見逃しかねない。目の前のことに追われる研究ではなく、自分自身の心に余裕をもつことが、患者さんに本当に役立つ成果に結びつくと考えています。

写真

Read More

がん細胞など生体試料を使った実験も。
海外の論文を読み知識を整理していきます。

「薬物治療学研究室」では、脂肪細胞様分化をどう治療に結びつけるかといった研究や、乳がんだけでなく、治療法がない悪性の脳腫瘍の膠芽腫・小細胞肺癌にも起こる間葉転換の研究も進めています。また、これまでの私の研究で蓄積したがんの代謝物の測定結果から、そのデータを解釈する、といったテーマでも学生が卒業研究に取り組んでいます。

「薬物治療学研究室」の特徴は、がん細胞をはじめとした生きた試料を使って実験・研究を行っている点です。本学には、血液や細胞を光で分析して内部を調べるフローサイトメトリーをはじめとした高性能な装置がそろっているので、それらを活用し、薬剤や遺伝子操作によりどのようにがん細胞が変化するのかなど実験を重ね、分析し、考察していきます。

薬学・医学は日進月歩、情報整理が必要な世界です。いかに似た概念と異なる概念を振り分けるかといった情報整理を重視しており、そのためにプレゼンテーション作成ツールを活用するほか、日々の実験・観察を記録する実験ノートの記載も学生には指導しています。

がんの治療法や研究は日々進化しており、それらをキャッチアップするため、そして英語読解能力を高めるために、海外の論文を英語で読むことにも積極的に取り組んでいます。生物学や新しい現象といった知識を英語で整理していくことで、学生自身の卒業研究のデータ整理にも役に立ちます。また専門的な医学・薬学英語の聞きとりと発音の練習もしています。
そうした学び・経験を生かして、自らの手で出した実験結果をもとに、学会発表に挑む学生が多いのも当研究室の特徴です。研究室に配属になったばかりの学生は、発表をしなくても学会参加で雰囲気を知り、最新の知見に触れる、よい経験になっているようです。

卒業後は臨床薬剤師を目指す学生が多いのですが、私の研究に興味を持ち、乳がんに対して新しい治療に結びつく可能性を探りたいと大学院に進む人もいます。もちろん厳しい道ですが、学生の挑戦に期待しています。

写真

Read More

どんな道が自分に合うかをじっくり探ることのできる大学。

6年制である本学の薬学部は、資格取得のための勉強に加えて研究ができる良さがあり、また総合大学であるため、教養科目を学んだたうえで研究に集中できるのが特長だと思います。
私は医学部を卒業後、臨床医を経て基礎研究を続けてきたので、薬学の研究者としては少し異端ですが、同志社女子大学ならば薬学部での基礎研究もできるんだ、ということを知り、経験してもらえればうれしいです。

医療薬学科で学んだ後の進路はひとつではなく、多様な道が開けていることも本学で学んでほしいです。何事も自分で経験してみないとわからない、というのが私の持論です。自分の心に耳を傾け、どの道が1番自分にフィットするかを探ってほしい。同志社女子大学なら、それができると思います。
学生にいつも言うのは、「薬剤師という国家資格を取得することは人生に大きな意味を持つ」と。同時に「その資格は、もっと幅広く、自分がやってみたいことを自由に選択するための保険にもなる」と。例えば医療系の国家資格を持ち、英語の能力が高ければ海外の企業で働くこともできるし、研究職の道もある。しかしどの道を選ぶにしても、英語は欠かせません。国際主義、キリスト教主義を教育理念に掲げる本学で、しっかりと医学・薬学を学び、英語の能力を磨いてほしいと思います。

写真

Read More

受験生のみなさんへ

がん細胞から教えられるのは、多様性です。厳しい環境になると上皮間葉転換(EMT)を起こして生きながらえたり、遺伝子変異によって新たな細胞に進化し、あるいは別のシグナルに頼って生きていく。私たちもやりたいことに精一杯チャレンジをして、その後で次の展開を考えればいい。人生、後悔するのはやらなかったことです。夢を胸に抱きつつ、目標に向かって突き進んで行ってください。

写真

𠮷川 清次教授

薬学部 医療薬学科 [ 研究分野 ] 難治性悪性腫瘍の間葉転換に対する治療法の探索

Lab Mag. ゼミの学びを知るWeb Magazine

研究者データベース

卒業論文一覧

dwcla TALK

卒業論文テーマ例

  • 間葉系乳癌細胞における脂肪分化の可能性と上皮化誘導の影響
  • 乳腺細胞株MCF12A細胞における脂肪分化誘導
  • 上皮間葉転換 (EMT) と老化 :関連分子の比較