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教員が語る同志社女子大学の学び

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「音楽療法」
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「人生の質」

自分自身として今を生きていくために
音楽の働きを利用してサポートする
専門家が音楽療法士です。

音楽学科

北脇 歩准教授

アメリカで10年、音楽療法士として活動しました。

音楽は私たちに楽しみを与えてくれます。しかしそれだけでなく、音楽にはさまざまな機能や作用があるのをご存知でしょうか。例えば、音楽を聴いて歩いているとそのテンポに歩幅を合わせてしまうという経験があるかもしれません。それ以外にもリズムは呼吸や心拍などの体内リズムに影響を与える生理的作用があります。
また、メロディーやハーモニーにより感情が揺さぶられる心理的作用、懐かしい歌によって当時を思い出す認知的作用、人と人との関わりの中でつながるのは社会的作用であり、音楽体験により勇気づけられ生きる支えになる精神的作用といったさまざまな機能があるのです。

音楽療法を受けられる方は、病気や障がいをお持ちの方だけでなく、一見健康的に見える方であっても“セラピーを必要とする方”がその対象となります。
その方が生きていくためのニーズがあり、それを求められる時、セラピーは実施されます。音楽の持つ生理的・心理的・社会的・精神的働きを利用して、対象者自身が本来持っている「生きようとする力」を引き出し、支え、全人的捉え方でその方の人生の質を高めることを目指します。

音楽療法士はさまざまな場所で活躍しています。精神科やリハビリテーション、緩和ケアなどを含む医療施設、特別養護老人ホームやサービス付き高齢者住宅、支援学校や放課後等デイサービスなど、その活躍の場は広がりを見せています。
同志社女子大学ではこれら多くの場面で応用できる音楽療法全体の教育を担っていますが、私自身の専門領域は医療現場、とりわけエンド・オブ・ライフケアにおける音楽療法です。対象は病気やご高齢の方に限らず、若い方やそのご家族や友人など、さまざまな形で「死」や「生」に向かい合う方へのケアであると考えています。
決して人生の最期や「死」にそのものについてのみではなく、どのような病状であっても、どのような年齢であっても、その方らしさを可能な限り維持し、その瞬間が訪れるまで、もしくはいつ訪れても良いように、その方自身として今を精一杯「生きる」ことに、音楽の持つ働きによって寄り添いサポートします。

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私は日本で大学を卒業後、アメリカの大学院で音楽療法について学び研究しました。大学院修了後は現地の医療機関に就職し、ホスピス緩和ケアチームの一員である音楽療法士として活動しました。
これまでにがんや心肺疾患、神経難病、アルツハイマー型認知症などを含む、多くの末期の患者さんとそのご家族と関わらせていただく機会をいただき、14年にわたるアメリカ生活ののち、日本に帰国しました。

アメリカでの仕事は訪問ホスピスサービスでしたので、患者さんのご自宅や入居している老人介護施設で主に実施しました。普段は車での移動ですので、ギターやキーボード、打楽器など、多種多様な楽器を車のトランクに積み、患者さんやご家族のもとへ向かいました。
その中でも特にギターは、音を自分の指先で細かく調整できる点で、私は臨床で使用することが多いです。身体的・心理的機能としてお話ししましたように、ベッドサイドで患者さんの表情や呼吸の様子を伺いながら、音質やテンポをその方の状況に合わせていきます。

しかし、リクエストされる歌をベッドサイドで一緒に歌ったり聴いていただくだけでなく、歌詞についてどのように感じるのか話し合ったり、患者さんがご家族に残す“遺産”としてご自身の歌を書くことをサポートしたり、ベッドサイドで即興的に音楽を演奏することで心身の痛みの緩和に働きかけたりなど、その方が必要とすることに合わせ、音楽の臨床方法を決定します。私たち音楽療法士やセラピーを受けられる方々という「人間」と、そこで起こる「音楽体験」、それらの関わり方の中に臨床的治療的意味をみています。どの方のどの状況にどのような音楽の機能を用いた方法を利用するか、柔軟かつ適切に判断できることが私たちの専門性だと考えます。
患者さんに寄り添うなかで、患者さんの内側で何が起こっているのか、患者さんからのサインを見逃さないよう、その流れに合わせ、自分の引き出しの中にある音楽に関するあらゆる知識や技術を応用することが必要であり、音楽療法士はそのための引き出しを日々増やしていき、瞬時にそれらにアクセスし、使いこなせることが求められるでしょう。

現在も、病院にて脳卒中の後遺症、神経難病の方のリハビリテーション、また看取りの患者さんとご家族のためのケアに関わらせていただいています。
私の研究テーマの核となるのが「家族を加えての音楽療法」です。患者さんとご家族が一緒に参加されることで、双方の生活の質が相乗的に向上することに注目しています。どちらにとっても意味のある時間を持てることや、伝えられて良かったと想いや言葉など、音楽体験を通して多くの「大切な事」が成される機会になればと考えています。
私自身が近親者を亡くし、「あのときこうしておけば」と後悔したことが、音楽療法の道へ進むきっかけとなりました。後悔の気持ちを全て取り除くことは困難でしょう。しかしながら、少しでも「後悔」としてではなく患者さんとご家族にとって「意味」のある時間や事柄となる、そのための支援になればと考えています。たとえ言葉にならない場合であっても、音楽が代わりに重要な役割を果たしてくれます。音楽を通してどれだけのご家族に寄り添うことができるのかという信念のもと、日々現場で臨床にあたっています。

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セラピーへの作曲や即興演奏の応用力を磨き、
実習や卒論では自己と深く関わります。

音楽療法士を目指す人や音楽療法に関心を持つ学生は、1年次から音楽療法科目群を履修し、音楽理論や演奏の基礎はもちろん、病理や心理学の理論、対人技術も学んでいきます。2・3年次で獲得する技能として大切にしているのが、作曲と即興演奏技術の臨床への応用力です。
音楽療法の対象となる方は、いろいろな文化的背景や音楽の好みをお持ちです。その方々のためのセラピーである以上、時代時代の多種多様な曲を聴き、分析し、それらを応用する能力が欠かせないため、クラシックのみならず、ポップスや歌謡曲、ロックや世界の童謡・民謡など、多くのジャンルについて学びます。
それだけでなく、対象者のその日その瞬間のために柔軟に対応できる音楽演奏技能の土台として、作曲と即興演奏の応用力を伸ばすことを目指しています。

3・4年次になると、高齢者施設や医療機関、児童福祉施設などでの実習が始まります。それまでの学びを活かし実際の臨床の空気に触れる、特に大切な機会であり、多種多様な現場を体験できることから、学生の心にさまざまな感情や想いが湧いてくるため、実習地と強い連携を図り、丁寧なフォローを心がけています。多くの学生はこの時期に人間的にも大きく成長します。
講義内では学生自身が音楽療法の知識や技術を得ると同時に、音楽療法を体験することでその準備を行います。また実習前後や論文指導の際には必要に応じ学生へのカウンセリングも行います。
セラピーを学び、セラピーを学内や現場で体験することで、自分自身と向き合う機会も増えていきます。

これらの学びをベースに、4年次では卒業論文に取り組みます。例えばこれまでに、ナショナルアイデンティティーから考える音楽療法アセスメントの重要性をテーマにしたゼミ生や、祖母の生きがいが孫である自分だと知り「生きがいとは何か」を音楽療法や精神性の視点から深めた学生もいます。
どんなテーマであっても、卒論を通して学生がこれまでよりさらに自己と深く関わることにつながる機会でもあります。ある学生は音楽療法を学ぶことで、「これまで固定観念に縛られていたけれど、自分自身ありのままでいいんだと気づき、勇気が持てました」と話してくれました。

同志社女子大では2つの音楽療法士資格を得る機会を設けています。日本音楽療法学会認定音楽療法士の受験資格と、全国音楽療法士養成協議会認定音楽療法士(1種)です。
病院や介護福祉施設、放課後等デイサービスなどの児童支援の現場で音楽療法士として活動する卒業生や、音楽療法士の視点を併せ持つ音楽教員として活躍する卒業生もいます。障がいのある子ども達との関わりに、音楽療法の学びが役に立つことが非常に多いようです。
一般企業に就職した卒業生であっても、音楽療法を通して「人が人と関わる」という姿勢を学んでいるため大いに役立っていると話してくれます。あらゆる対人職の現場で音楽療法の学びが発揮できるのではないでしょうか。

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豊かな学びのなかで自分自身と向き合い、考える力を養える大学です。

音楽療法士として臨床経験を積んできた私は、同志社女子大学の教育理念のひとつであるリベラル・アーツの考え方が、臨床と非常に近いと感じています。束縛や思い込みから人間を解放する学問・知識がリベラル・アーツの根源であり、このことは音楽体験を通して自分自身を解放するという点で臨床に通じる事も多いと感じます。

音楽療法士は音楽を利用する以上音楽家の一面もありますが、やはり何よりもまず「療法士」であり、臨床の現場で対象者となる方と関わる対人支援の専門家であるということです。すなわち音楽やセラピーの知識や技術のみならず、「人として」どうあるべきかを自身に問い続ける者、対象者から「学ぶことを望む」者であるべきだと考えます。
リベラル・アーツを教育理念に掲げる本学の音楽学科だからこそ、日々の学生生活の中で「人として」について考え学ぶことから、対人支援のプロに求められるその資質を磨くことができるのではないでしょうか。

幅広い教養をはじめ、豊かな学びを通して自分自身と向き合い、深く考える機会を持ち、固定観念から自己を解き放つ。答えはもちろん簡単に出せることではありません。しかし、本学のキャンパスでじっくりと向かい合ってもらえたら嬉しいです。考え悩むことは、「生きる」ことにおいて、一歩前に進むその大きな力になると信じています。

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受験生のみなさんへ

音楽を学んでこられた方のなかには、私たちが常識として考えている“音楽”を超える“何か”が存在していることを知りたいと思う方もいるのではないでしょうか。ぜひ「音楽療法」というもう1つの形があることを知ってもらえればと思います。音楽が大好きで、音楽の働きを信じ、何よりもそれを通して誰かに寄り添いたいと思う気持ちがあれば、音楽療法は生き方としてそのひとつの答えになると思います。

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北脇 歩准教授

学芸学部 音楽学科 [ 研究テーマ ] エンド・オブ・ライフケアにおける音楽療法

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研究者データベース

関連リンク ひとつぶラジオ

卒業論文一覧

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卒業演奏曲目一覧

  • スピリチュアリティについての理解と音楽療法
  • 音楽療法におけるナラティヴ・セラピーの応用
  • 音楽療法に対しての認識のずれをなくすための考察  
  • 各現場におけるラポールの重要性 
  • 音楽療法士の雇用における現状と課題
  • 音楽療法を学ぶ意味とは〜新時代を生きる職業〜
  • 思春期児童へのグリーフケアにおける音楽療法
  • 音楽療法士が求める臨床技能 ~現場からの声~
  • 認知症に対する即興演奏を用いた音楽療法の有効性
  • ケアを与える側がケアを必要とする時
  • 音楽療法セッションにおける管楽器の役割
  • SMT 〜言語聴覚士兼音楽療法士としての新たな試み〜
  • 障がい者問題 〜介護施設で一職員として働くということ〜
  • BPSDとそれに対する音楽療法
  • 被虐待児に対する音楽療法の可能性
  • 音楽療法における文化の影響 ~日本と西洋を比較して~
  • 対人援助職に求められる”視点”
  • 自然と音楽と子どものこれからについて
  • コロナ禍での影響と対応 〜音楽療法での気づき〜
  • 音楽療法における家族のケアの重要性について