「実験」
×
「理論」
×
「解明」
実験による奇妙な現象の発見から
スタートした研究。
学生と共に、澱粉の不思議な世界を
探求しています。
食物栄養科学科
山本 寿教授
自己完結できる可能性を持った、
世界でも類のないテーマに挑んでいます。
米や小麦、トウモロコシなど、世界中の主食に含まれている澱粉(デンプン)。医療や段ボールの接着材など、工業的にも利用されている素材です。澱粉は、加水・加熱によって粘りや結着性が増した糊(のり)として利用されます。私は、粘度のような澱粉液の性質が時間とともに変化する「過程」を詳しく調べることで、「糊化(こか)」の機構(メカニズム)を研究してきました。
私の専門である食品物性学は、食品のおいしさに関わるテクスチャーを物理的に捉えて数式化し、その特性をひも解いていく学問です。澱粉の研究を始める前は、応用的な立場から様々な食品の物性(硬さや粘りなど)を調べていましたが、いつのまにかこの研究に集中することになりました。きっかけは、研究室での実験で、奇妙な現象を発見したことでした。
あるとき、本学の先輩教員から「今、日本で米が余っている。澱粉にアルカリを加えると、室温でも糊(のり)になるらしい。加工食品に使える結着剤にならないか」と持ちかけられました。そこでまず、米澱粉にNaOH溶液を加えた分散液の粘度が等温でどのように時間変化するか、その過程をゼミの学生に調べてもらいました。
すると、その粘度―時間データ系列の形は、通常の熱水糊化で得られる凸型(最初に急上昇し、徐々に高い平衡値に落ち着く形)ではなく、凹型から凸型へ移行するS字型(公園の滑り台を下から辿るように、最初ゆっくり上昇し、途中で急上昇。その後、再びなだらかに高い平衡値に近づく形)を示しました。この奇妙な現象はまったく予想外のものでした。元々理論物理学の研究者だった私は、この現象に取り組めば、「実験による現象発見から理論的解明までを自己完結できるかもしれない」と考えました。
この現象を理論的に扱うためには、S字型の粘度増大曲線を記述できる数学的モデル(数式)が必要です。しかし、従来の伝統的モデルでは凸型の増大曲線しか、再現できません。そこで、モデルに現れる粘度変数をすべて逆数にしてみました。すると、典型的なS字型粘度―時間曲線が導かれました。
しかし、実験で得られるデータ群には、条件によって、下の凹部と上の凸部のバランスが変わるという多様性がありました。そこで逆数型を一般化して、べき乗型にしました。すると、べき指数の値(1が伝統的モデル、−1が逆数型に対応)を調整することで、すべてのデータ系列群を包括的に分類することに成功しました。「指数が1より小さい」ことは、NaOH と澱粉の相互作用によって「糊化部が孤立している」ことを意味します。
炊飯などに関わる、熱水中の澱粉糊化過程での粘度増大データ系列の形は、凸型です。ためしに、これらのデータに「べき乗型解析モデル」を適合させると、驚くべきことに、指数1の伝統的モデルよりも、指数が1より大きいモデルの方がデータに良くフィットしました!これは、次のことを意味します。糊化中、糊化部と未糊化部が協同して全体の粘度を上げている。つまり、NaOH糊化の場合と逆のことが起こっている!
これらの結果は次のことを意味します。澱粉の糊化過程では「全体の粘度が糊化部と未糊化部、それぞれの粘度の足し算にならない」。科学の世界ではこの性質を「非線形性」と言います。例えば9と1を半分ずつ足すと、5という両者の平均値になります。しかし、NaOH糊化では、9という大きな粘りを持つ糊化部が孤立して全体へ貢献しにくくなる。その結果、全体の粘度は5未満、例えば3 にしかならない。逆に、熱水糊化の過程では、糊化部と未糊化部が協同し、全体の粘度が平均値5を超えて7 になる、というわけです。
「孤立性」や「協同性」はサッカーやバスケットボールのようなチームスポーツで考えるとわかりやすいでしょう。チーム内に強力なエース・ストライカーや優秀なシューターがいても、その選手にパスが通らなければ得点できない(エースの孤立)。逆に、チーム内の連携が良ければ、個々の能力の足し算の結果以上に高いチーム力を発揮する(協同性)。2019年ラグビー・ワールドカップで活躍した日本代表のスローガン「ONE TEAM」は後者を象徴しています。
食品素材の変化過程に「非線形性」が現れたこと。さらに、澱粉という同一対象について、協同性と孤立性が条件次第で共に現れたこと。他に類のない発見でした。
さらに、発見は続きました。次は、糊化が進行する「速さ」についてのものです。過去の澱粉糊化研究では、「糊化の進行を表す速さ=速度定数」が過程全般にわたって「一定」と仮定されてきました。一方、世界中の研究者の努力により、澱粉粒の内部は均一でなく、樹木の年輪や玉ねぎのように、外側から中心に向かって、硬い結晶相と柔らかい非晶相が交代的に現れる複雑な多層構造を形成していることが明らかになっています。この事実を踏まえるなら、澱粉粒に水やイオンが侵入し、内部を破壊し続ける糊化という変化が「一定の速さ」で進むと考えるのは、不自然ではないでしょうか。
実際、米澱粉の粘度増大データを眺めると、進行が速い部分や遅い部分が混じっているように見えます。そこで、速度定数の段階的変化を扱うことが可能な新しい解析方法を考案してデータに適用したところ、確かに、糊化速度が段階的に変化していることがわかりました。
そして、結果を見ると、速度定数が低い区間と高い区間が交代的に出現!つまり、糊化は遅く、速く、遅く、速く、・・・とリズミカルに進行していたのです。これらの結果を論文にまとめる際、その「遅・速」交代リズム(速度振動)は、澱粉粒子の結晶と非晶が交代的に現れる内部構造の反映であろう、という仮説を提示しました。
しかし、論文が出版された後、重大な疑問が浮かびました。澱粉は多数の粒子の集まりで、粒径は揃っていない。従って、各粒子の結晶相や非晶相の厚さや硬さも粒子毎に異なるはず。それなら、粒子ごとの糊化進行の振動周期もずれるので、各粒子が作る振動リズムは粒子集団全体で相殺し、澱粉分散液の粘度増大速度の振動にはつながらない。しかし、現実に、米澱粉の糊化速度定数は大小に振動していた・・・(実験の失敗?)。
私はあえて実験を疑わず、次のように考えました。「個々の澱粉粒の構造から生じる膨潤速度の振動」に加え、その振動が「粒子集団内で相殺されず、増幅させる」ための「同期機構」が働いた。「同期」とは、粒子毎の振動が(多少ずれていたとしても、リズムが相殺されずに)揃うことです。多数の振動子間での同期は「集団同期」と呼ばれます。個々の澱粉粒の膨潤速度の振動について集団同期が働き、粒子群全体として粘度増大速度の振動が生まれた。
「同期」は現代物理学におけるキーワードの一つで、昔、振り子を利用する柱時計で見つかったと言われています。振り子時計を同じ壁に2つ並べると、2つの振り子の振動がずれていても、半日ほど経つと動きが揃い始める。しかし、片方を壁の反対側に置くと同期しない。壁を通じた相互作用によって振動が同期したのです。また周期のずれが大きすぎると同期しません。集団同期の例としては、「コンサート終了後のアンコールの手拍子がいつのまにか揃う」があります。
研究室ではその後、このような現象が米以外の澱粉でも見られるのか、そして、集団同期の成立条件の一つである「振動周期の近似性」を壊すとどうなるのか。これらを確かめるため、まずトウモロコシ澱粉で調べました。すると、驚くべきことに、速度定数どころか、粘度そのものが上下に数回振動しました! さらに、トウモロコシと米の澱粉を半分ずつ混ぜると、トウモロコシ単独で見られた粘度振動がほぼ消えました。「粒子の同質性によって起こる集団同期機構が速度定数や粘度の振動を生む」という仮説の正しさが高まってきました。
以上、思わぬ発見からスタートした研究ですが、実験および理論研究を通してナゾと発見が次々と湧き出て、スリリングな展開となりました。澱粉分散液の粘度というマクロな観測量の時間変化を調べて理論的に解析・考察すると、澱粉の内部構造やイオンとの相互作用、粘度合成上の非線形性、粒子間での集団同期機構といった、ミクロな側面が影響を及ぼしていることが明らかになりました。澱粉ワールドの豊かさ、奥深さを感じます。
現在、澱粉は、食品以外の対象、例えば、化石燃料に依存しない生分解性プラスチック素材の候補としても世界中で注目されています。私たちの研究の視点やスタイルは、海外の研究者に真似できない独自のものです。将来の応用につながる基礎研究として、できるだけ深く広く掘り下げたいですね。
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学生は共同研究者として、実験・データ解析に取り組んでいます。
本研究室では、私が理論面をリードし、ゼミの学生たちが実験とデータ解析を行います。ゼミ生は実質的に貢献している「共同研究者」なので、論文は共同で発表されます。内容を理解してもらうために、食物学のための数学と物理、情報処理、食品物性学、食品加工・物性学実験といった私の授業科目で、特に理論面を教育します。
研究室配属後、実験練習を行います。研究の背景や理論を理解してもらうため、勉強会を開き、データ解析の練習も行います。特殊なソフトウェアではなく、Excel を使いこなして数理モデルと実験データを適合させます。これからの時代、こういったデータ解析のスキルは将来、役立つでしょう。
この研究室を希望するゼミ生には個性的な学生が多いですが、「澱粉の謎を解き明かす」という目標に向かってONE TEAMで協働します。実験手法は、卒業生が積み上げてきた経験に支えられ、自分たちの代で得られた研究成果は後輩に引き継がれます。
こうした活動を通して、戦略的かつ協働的に行動することの重要性を学んでいます。実際多くの卒業生が食品メーカーをはじめとした企業に就職し、様々な分野で活躍してくれています。
研究活動は地道な作業の連続ですが、3年次生の「食品加工・物性学実験」では、学生の興味関心に軸を置いた授業を展開しています。例えば、アイスクリーム、パン、ソーセージ、豆腐、かまぼこなど、さまざまな加工食品を学生が実際に製造します。パンとアイスクリームの製造では、クラス毎に異なる課題を与え、それに沿った独自の商品開発に取り組ませます。
2021年度秋のクラスでは、「グルテンフリー」に着目し、「小麦粉を全く使わないパン」を考えさせました。学生達は、野草のオオバコパウダーや豆腐をパンに練り込んだりなど、調べて工夫して試作を重ねていました。期待以上に美味しくできあがり、感心しました。
強く記憶に残っているのは、数年前の課題「高さ5㎝以上の立体形状の面白いパン」。あるグループが、ハロウィンで使えそうな帽子状のイカスミを使った真っ黒のパンを製造しました。こういった「作品」を私と助手が試食して評価します。普段、講義科目で高成績を取らない学生が活躍することも多く、教員としても面白いです。
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地域市民・企業との交流のなかでも学び、成長できる大学です。
京都にキャンパスを構える立地は強みです。伝統校として多くの卒業生を輩出し、先輩達が活躍して形成された「同志社のつながり」も強みでしょう。
食物科学専攻の「食品開発プロジェクト」という科目を2021年度に開設するため、企業と事前交渉したときのことです。当プロジェクトは、主に京都の食品関連企業と連携し、学生が企業の現場で学びながら新商品の開発に取り組む3年次生科目です。
開設一年前、候補となる企業を訪問した際、「同志社ファミリー」を実感することがありました。企業のトップがかつての卒業生、幹部の方が同志社大学出身ということで話が弾み、連携が実現しました。
学生と教員だけでなく、地域市民や地元企業との交流のなかで学ぶことも、大学が果たす役割の一つです。本学はそれが実現できる立地にあり、学生の成長機会を広げてくれます。
さらに、この学科には「学生のために」というプロ意識を持った教員がそろっていると感じます。適正規模の実験実習系学科として、教員間の連携の強さや指導の細やかさで、学生一人ひとりを丁寧にサポートしています。
私のように基礎研究を突きつめたい教員もいれば、社会貢献を大切に考える教員もおり、個性豊かです。学生は自分の目標に合う研究室を選び、研鑽を積むことができるでしょう。
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受験生のみなさんへ
大学入学前に、スポーツや芸術、その他、自分の関心のある活動に打ち込んでいる人は入学後に大きく成長する素地を持っています。高校時代にしか経験できないこともあるでしょうし、今後またいつコロナ・パンデミックのような災禍が起こって自由な活動を制限されるか、わかりません。今できること、やりたいことに全力で取り組んでください。
卒業論文テーマ例
- C言語による「平均値の差の検定プログラム」の開発
- 食品の色と食欲 -味が持つ色のイメージ-
- 雑穀粉混合によるうどんのレオロジー的性質の変化—ヒエ、アワ、キビの比較—
- 米粉めんのレオロジー
- 米デンプン添加による魚肉すり身加熱ゲルのテクスチャー変化
- 豆乳中の水の熱分析
- 生豆乳中のタンパク質の性状に対する大豆磨砕法の影響
- 生呉中の脂質酸化に対する大豆磨砕法の影響
- 加熱および強アルカリによって糊化された米デンプン分散液の粘度の速度論的検討
- ヒエ・タピオカ・ヤマイモ混合麺の破断特性
- 牛乳/Κ-カラギーナン混合ゲルの動的粘弾性 に対する Ca2+と牛乳濃度の影響
- 発酵乳(カスピ海ヨーグルト)の流動特性
- 強アルカリ糊化された米デンプン分散液の糊化条件と粘度混合則
- 米デンプンの強アルカリ糊化過程における動的粘弾性の時間変化 -増大曲線の規定度依存性-
- 2℃で貯蔵した老化米デンプンゲルの弾性率増大過程と速度論的解析
- コンニャク粉/Κ-カラギーナン混合ゲル(コンニャクゼリー)のレオロジー特性と混合比依存性
- アルカリ糊化進行中の米デンプン分散液に酸や塩を添加したときに生じる浸透現象
- 熱水中で糊化された希薄米澱粉の等温粘度増大過程(糊化部と未糊化部の協同性および糊化進行の非一様性)に対する澱粉濃度の影響
- 室温 NaOH 糊化米澱粉分散液の等温粘度増大過程の澱粉濃度依存性に及ぼす NaOH 濃度の影響—粒内/粒間相互作用とレオロジー的孤立性の関係—
- 熱水糊化された異種混合澱粉の等温粘度増大過程における速度定数変化に及ぼす粒度分布の影響—糊化速度定数の周期的増減は集団同期現象か—