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教員が語る同志社女子大学の学び

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「平安文学」
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「ジェンダー」

いまの社会課題へとつながる文脈が
古典文学にも内在しているはず。
それを明らかにし、社会に寄与したい。

日本語日本文学科

大津 直子准教授

合理的に解釈できない表現を、文化や慣習から読み解いていきます。

千年以上読み継がれ、研究し尽くされてきた感のある『源氏物語』ですが、未だに詳しくわかっていないことが多々あります。平安文学を専門とする私は、「未詳」とされる問題に対して主に民俗学的アプローチを用いて研究をしています。民俗学とは、民間伝承の調査を通して特定の国や地域の生活、文化の発展を観察する学問です。物語の展開と日本の文化や慣習との結びつきを検証し、合理的な解釈からはこぼれ落ちてしまうけれども大切な、物語の深層を丹念に読み解いています。

たとえば、血のつながりを決して明かすことのできない息子冷泉帝が、光源氏の邸宅をたった一回だけ訪問する場面。ここに池の魚を捕るという「未詳」の描写が出てきます。光源氏は臣下として、息子に仕えて来ました。今の感覚でいえば、もてなしの御馳走に使う食材なのかな、と思いますよね。しかし調べてみたところ、実は古代中国の思想とのつながりから魚を「観る」ことにこそ意味があり、帝が親を敬う気持ちを示す儀礼である可能性が浮かび上がってきました。この仮説が正しければ、冷泉帝は公の場で実父への内なる敬愛の情を表明したことになります。これは物語が不義の子の孝心を描く方法だったのではないか、という論文を発表し、第5回中古文学会賞をいただきました。
研究には相当な時間がかかりますが、これまで「未詳」とされてきたものを解明し、立論できると、ゾワッとする瞬間があります。そんな瞬間をぜひ、学生にも味わってほしいと考えています。

谷崎文学研究もテーマのひとつです。谷崎潤一郎が現代語訳した、いわゆる「谷崎源氏」は戦前、戦中、戦後の3回にわたって刊行されており、それぞれ少しずつ違っています。たとえば戦前では、帝に関する描写に手が加えられており、時局との関わりが見えてくるなど、その変化を研究しています。
谷崎自身が非常に鋭い古典文学の読者で、どうやら創作物にも『源氏物語』の手法を取り入れている。だから、谷崎の創作物を読むことを通して『源氏物語』の読みに新たな気づきを得ることがよくあります。谷崎にアドバイスをもらっている、そんな感覚です。

古典文学は、決して、美しく素晴らしい世界だけを描いているものではありません。平安時代は女性の意志決定が最も薄弱だった時代でもありました。身分の高低に関わらず、男女関係、出産の有無、経済的な格差など、女君たちは様々に「生きづらさ」を抱えてもがいています。女子大学に勤めるようになり、今まで自然に授業で扱っていた事柄に「語りにくさ」を感じるようになりました。
コロナ禍で改めて照らし出された、現代女性たちの様々な声が、私の中に変化をもたらしました。古代社会の論理は現代のそれとは全く異なっています。しかし、現代にまでつながる、引き継がれてしまっている「因習」という古層が古典文学には底流している。これは男性研究者には気づきにくく、極めて触れにくい部分だと思います。愛する研究対象にこうしたものを見出すことに、当初は苦しさを感じました。しかし、あったことをなかったことには、出来ない。人文学は、例えば医学や薬学と違い社会課題を直接解決できる領域ではありません。でも、その根底にあるものを炙り出し、知見を提示することは出来ます。大切にすべき「伝統」と、女性だけではない、だれかの「生きづらさ」の原因となる「因習」とをどこで切り分けるか。培ってきた民俗学的見地を援用し、学生とともに考えてみたいと今は思っています。

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主観と客観とを分けて考え、論じる能力を鍛えていきます。

古典文学を読み解くにあたり、学生のなかには、原文が読めない不安や、文法への苦手意識をもつ人もいますが、それはいくらでもお教え出来ますので心配は無用です。大切なのは楽しめるか、です。

3年次から本格的なゼミが始まります。2021年度の春学期は『更級日記』を輪読しました。まず各自の担当場面を決め、注釈を集めます。その比較検討を中心とした発表を経て、関心の持てるテーマについて追加調査をしてもらっています。繰り返し発表し、意見を交わすことで理解が深まり、一人ひとりが作品をよく読めるようになっていきます。
ゼミで重視しているのは、現代の感覚との違いや学生自身が感じる“違和感”です。違和感は勉強が足りないから感じるのだ、と学生は思いがちですが、そうではありません。千年分の時間のズレは重要な問題につながっていることもあるので、非常に大切な視点です。夏の読書体験を経て、学生それぞれが好きな作品、テーマを選びます。更なる調査を行い、入手した資料を読み込んでその半年先に行われるポスター発表で経過を報告、4年次の卒業論文に取り組んでいきます。
重要なのは「なぜならば」が説明できることです。論拠となり得る資料の探し方や論理展開の方法はゼミで何度も練習します。もちろん私も丁寧に指導をします。「こう思いたいから」ではなく、「こういう事実があるから」。主観と客観を分けて考え、論じる能力を鍛えます。この能力は、社会で求められる思考力であり、ひいては自分を守る力にもなります。
また、ゼミでは丹念に注釈を読み込みますが、これも人の意見を正確に聞きとる練習になります。古典文学の研究を通して社会で基本となる能力をしっかりと磨くことができるのです。

わからないことを追求するのは不安で、調べてもわからなかった場合は、その行為がムダだと感じることもあるでしょう。しかし、そうした営みの全てが研究です。「未詳」なる古典文学は言うなれば、振り向いてくれない恋人のようなものです。だからこそ、少し振り向いてくれたときのうれしさは格別です。予測が立たないことを追求し、どこまでが確かなことなのかを検証する面白さを、大学生活でぜひ経験してほしいと思います。

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歩いているだけで『源氏物語』の描写を思い起こせるまち。

表象文化学部の「表象文化」とは、SNSをはじめとしたさまざまなメディアを使った表現する行為を含むことから、学生にとってなじみの深い文化でしょう。本学科で扱うメディアは多様で、文学作品だけでなく、絵巻物や映画、さらには演劇など、研究対象が幅広い点が魅力の1つです。加えて、谷崎源氏研究がそうであるように、表象文化とは表現した時点で完了する視座ではなく、変化する社会の中でどのように受容されるかという観点をも含みます。いうなれば表象は動態なのです。

その学部が千年の都・京都にあることは、素晴らしいと素直に感じます。歩いているだけで『源氏物語』の描写を思い起こさせるまちが京都です。「やっぱりここは物語に描かれている通り、急こう配になっている」と体感できる道があります。光源氏が物寂しさを感じて眺めたであろう夕暮れがあります。日々平安文学を肌で楽しめるのです。
私が何気なく提案したお散歩会を、学生が主体となり企画・運営してくれているのが日本語日本文学会の「親睦お散歩会」です。平安文学研究の第一人者である吉海先生をはじめ、各先生のお話を聞きながら、ゆかりの地を訪ね歩く。この催しは学生や教職員から好評です。キャンパスを出発点とし、「ここが京極、都の端っこです」といった話で盛り上がりながら歩き、スイーツをお土産にした回もありました。コロナ禍でもフィールドワークや学びを止めない工夫をし、楽しみながら実感として学べるのが、恵まれた立地にある同志社女子大学だと思います。

そんな本学を設立したお一人が、新島八重さんです。八重さんは夫である新島襄のことを「じょう」と呼んでいたそうですから、正しいと思う信念を貫き通し、「因習」を打破しようと挑んだ人だったのでしょう。自らの意志決定を大切にできる女性が育ってほしいと思っておられたのではないかと想像できます。八重さんの革新的な感覚に学びつつ、学生とともに古典文学を読んでいきたいと思っています。

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受験生のみなさんへ

紫式部の父親は漢学者で、優秀な娘に対して「お前が男だったらどんなに素晴らしい跡継ぎになっただろう」と語ったと『紫式部日記』に書かれています。しかし、紫式部が男性だったなら、仮名で書かれた、千年読み継がれるベストセラーは生まれなかったでしょう。目の前の結果だけを評価せず、雄大な時間のなかで幅広くとらえることが教養だと思います。ぜひ本学での4年間の学びの中で教養を深めてみてください。

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大津 直子准教授

表象文化学部 日本語日本文学科 [ 研究テーマ ] 『源氏物語』を中心とした平安文学、
ならびに谷崎潤一郎が手掛けた
『源氏物語』訳に関する研究

研究者データベース

卒業論文一覧

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卒業論文テーマ例

  • 『和泉式部日記』の特質 ―〈超越的視点〉をめぐって― 
  • 『和泉式部日記』における女の〈精進〉 ―「ことづく」という言葉に着目して―
  • 『和泉式部日記』の展開 ―見送られた「折」からの一考察― 
  • 『和泉式部日記』における「折」 ―「五月雨」の贈答を起点として―
  • 『和泉式部日記』における文物 ―円座、薫物を端緒として―
  • 『和泉式部日記』の叙述態度 ―〈雨〉の描写をめぐって―
  • 『和泉式部日記』における女の手紙
  • 『和泉式部日記』論 ―師宮の造型を巡って―
  • 『和泉式部日記』における小舎人童 ―文遣いという役割に着目して―
  • 『和泉式部日記』における乳母考
  • 『和泉式部日記』における「ほととぎす」の表現機構
  • 『和泉式部日記』の和歌表現 ―宮をつなぎとめる女の詠歌に着目して―
  • 『和泉式部日記』の贈答歌考 ―『白氏文集』の引用をめぐって―
  • 『和泉式部日記』表現論 ―「憂し」「つらし」という言葉に着目して―
  • 『和泉式部日記』女と帥宮の関係が恋になるまで
  • 『和泉式部日記』における手習
  • 『安文学に描かれる装束ー「小袿」に着目してー
  • 『源氏物語』宇治十帖 起筆の方法
  • 三人吉三廓初買論ー因果という視点からー
  • 星新一『竹取物語』論〜独創性に着目して〜