「憲法」
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「未成年」
未成年者の保護のために
基本的人権を制約する日本。
比べてアメリカは?
社会システム学科
福岡 久美子教授
未成年者の基本的人権をアメリカとの比較から研究をしています。
憲法とは何でしょう。ひとことで言うと、国民の権利・自由を国家権力から守るためにある、国民が定めた最高法規です。「基本的人権」と「統治機構」について定めたもので、憲法を追究する憲法学も、大きく基本的人権と統治機構の分野に分かれます。私は基本的人権、なかでも未成年者の基本的人権を中心に、アメリカ法と比較しながら研究を続けています。
未成年者であっても、基本的人権の主体であることはだれもが納得していることです。しかし、未成年者は身体的・精神的に未成熟だということで、成人とは異なる制約が課されても仕方がない、と考えられてきました。
一方アメリカでは、自律性を尊重する姿勢が強く、未成年者の憲法上の基本的人権の制限が裁判で争われた例が数多くあります。これらアメリカの裁判例を参考に日本の場合と比較して、学会での研究発表や論文・著書の執筆を行っています。
アメリカでは、学生の表現の自由が裁判で争われた例があります。政治的な意見を含め、学生にも表現の自由があることを明確にしたうえで、学校に混乱を起こしたり、他の学生の権利を侵害する表現は規制されると示されました。
日本でも、学校の秩序破壊や、その学生自身と他の学生の学習の妨げになるといった理由で表現が規制されるという点は同じですが、学生にも表現の自由という憲法上の権利がある、その前提が抜けています。
生徒の外見や行動を過度に縛る校則をめぐる訴訟、いわゆる校則裁判でもそうです。生徒が自己決定権といった憲法上の人権を持っていることを前提に判断する傾向は、日本ではあまり見られません。未成年者の未成熟性を理由に人権を制約する傾向が強く、未成年者の自律性を尊重し、それを憲法上の議論に載せようという考えがまだ弱いと考えられます。
最近、どういった場合にどの程度までの制約が許されるのか検討すべきである、あるいは保護するにしても自律を促すようなものでなければならない、という考えが強く主張されています。
国を問わず、サイバー上の表現を学校が規制できるのかについても問題になっています。校内ではなく、校外で発信したサイバー上での表現を学校がどこまで規制できるのか。さらに校外の表現を学校が規制することをどう理論構成していくか、です。
アメリカでは、SNSにアップされた学校への中傷等を学校側が規制できるのか、という裁判が起き、最高裁の判例も出ました。学校の管理に危険を及ぼしたり、他の生徒の権利を侵害したといった表現でなければそもそも規制できません。また、校外の表現にも学校の規制が及ぶ場合があるけれど、それは校内の表現の場合と同じではないことが述べられました。そのうえで、当該事件に関しては、そこまでの表現ではなかったため、学校の処分は憲法違反であるという判決でした。結局、最高裁でもどういう場合を校外とみなすかを含め、校外の表現規制に関する一般的な基準は示されず、学説も固まっていません。今後の判例の積み重ねによって形成されていくと考えられます。
憲法と聞くと、多くの人が国家問題や政治問題など遠い感覚で捉えがちですが、実は校則裁判やサイバー上の表現の自由など身近な問題にも関わっています。
さらに成人年齢は各法律で定められますが、民法の成年年齢が18歳に引き下げられ、2022年の4月に施行されます。民法上の成年年齢が18歳になることは大きな意味があり、たとえば旅行会社などと契約を締結する場合、これまでは親の同意が必要だったものが、単独でできるようになります。本学で学ぶ学生にとっても重要な情報であり、社会を支える法について多様な視点から指導を行っています。
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裁判傍聴などのフィールドワークも行なっています。
私のゼミでは、まず学生と相談してテキストを選びます。よく選ばれるのが「判例集」で、具体的な事件から憲法問題を考えていきます。判例集のなかから、ゼミ生がそれぞれ自分にとって関心のある判例を取り上げ、それについて詳しく調べて発表し、ゼミのみんなで討論します。最初はゆっくりのペースの討論ですが、回を重ねるごとに議論が活発になっていきます。
また、社会システム学科の学びの特長のひとつがフィールドワークであり、コロナ禍で制限はありますが、私のゼミでもフィールドワークを行っています。活動先をゼミ内で相談して決めています。
最も多いのが裁判傍聴で、例えば、大阪地方裁判所に出向きます。裁判員裁判をはじめ、同じ建物内に高等裁判所もあるため、さまざまな裁判を傍聴できます。傍聴後はゼミでディスカッションするほか、よく似た事件を自分で調べるなど自主的な学びにつながっています。裁判傍聴は未経験だという学生が多いのですが、実際に行ってみると気づきや学びが多く、フィールドワークをきっかけに個人で裁判傍聴をするようになった、という学生もいます。
卒業論文のテーマは、自分の興味・関心に沿って学生自身が自由に選びます。ただし、資料がほとんどなかったり、裁判例がないテーマについては、学生とよく話し合いをします。自分で資料をあたってみて困難だとわかればテーマを見直しますが、難しさを知ることも重要な学びだと考えています。
まずは資料集めから始めます。判例や学術論文等から情報を集め、自分なりに考察を積み重ね、論文としてまとめていきます。定期的に論文の経過報告をゼミで行うのですが、仲間のコメントから新たな視点を得ることで考察がより深まる、といったことが多いようです。
最も重要なのは、論理的に根拠づけて書くということです。何度も練り直し、卒業論文を仕上げるというひとつの成功体験は、学生時代の重要な経験になります。毎年、卒論を書き上げたときの学生の成長ぶりは見事です。
法は社会の基本であり、それを学び、法的解釈を理解しその知識を活用できることは社会人として大きな強みです。さらに、根拠にもとづいて論理的に考え、自分の意見を主張できる能力は、社会のあらゆる場面で発揮できると思います。
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落ち着いたキャンパスで、よい仲間にもめぐり合えると思います。
リベラル・アーツを教育理念のひとつに掲げる同志社女子大学ですが、社会システム学科はまさにリベラル・アーツを実践している学科だと思います。現代社会について幅広く学んだうえで、自分が関心を寄せる分野が見えてきたら、専門家である教員の指導のもとでその分野の学びを深めていくことができます。
社会システム学科の5つのコースのうち、私は「公共政策と法」コースに所属しています。「憲法」をはじめ、「こどもと法」「ジェンダー法」などの授業も担い、さまざまな法律に踏み込んだ授業を行っています。法学部に比べると法律に関する授業数は少ないですが、それだけにほかの学問も学び、幅広い知識・教養を得られるというのは大きな強みだと思います。
社会システム学科で法に興味を持ち、公務員になった人、法律事務所に就職した人、あるいは大学院に進んで法学についての学びをさらに深めたゼミ生もいます。入学時は何を学びたいかがわからなくても、在学中にそれを見つけ出した学生がたくさんいます。
落ち着いたキャンパスで勉強に集中できる環境も、同志社女子大学の魅力のひとつです。熱心に指導してくださる先生ばかりで、さまざまな可能性を持った学生が多く、きっとよい仲間にもめぐり会えると思います。
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受験生のみなさんへ
多くの卒業生が同志社女子大学を巣立っていきましたが、在学中そして卒業後も、自分らしさを大切にしながら、しなやかに力強く生きている女性が多いと感じます。これからの時代に、とても大切なことではないかと思います。
卒業論文テーマ例
- 監視カメラとプライバシー権
- 少年法の改正と少年犯罪の推知報道について
- 報道の自由とプライバシー権
- インターネットの表現と名誉毀損
- ヘイトスピーチへの対応について
- 日本国憲法の制定と改正
- 地方自治における直接民主制のあり方-住民投票による行政参加-
- 議員定数不均衡問題の行く末
- 選挙運動の規制について
- 日本国憲法における天皇制-皇位継承問題を契機として-
- 政教分離-違憲の判定基準-
- 男女の平等な社会進出と憲法14条
- 生活保護法と憲法25条
- 自己決定権と安楽死
- 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)と国家緊急権
- 日米安全保障と平和安全法制
- LGBT問題と法
- 選択的夫婦別姓
- 死刑存廃問題について
- 児童虐待問題について