八重の明治42年

2013/02/28

吉海 直人(日本語日本文学科 教授)

 

八重に関する資料は限られており、伝記にはいくつもの穴(空白期間)が空いています。それを一つひとつ埋めていくのが、我々の仕事でもあります。

これまで明治42年の八重については一切不明だったのですが、幸いなことに二つの記録がほぼ同時に見つかりました。一つは新島学園に所蔵されている八重の礼状です。昨年、学生部主催の弾丸ツアーで安中を訪れた際、図書館で発行している『夢故園花』4号(2011年10月12日)のコピーをいただきました。そこには貴重な八重の2通の書状が紹介されていました。そのうちの安中教会の四女性宛の書状を眺めていた時、思わぬ記述に目が釘付けになりました。

明治43年1月、襄の永眠20周年紀年会が安中教会で開催され、そこに八重の姿もありました。八重はその席上で、自ら綴った「亡愛夫襄発病ノ覚」を読み上げています。その折、4人の女性が八重に某かのお金をプレゼントしたのでしょう。その礼状として、明治43年3月14日付の手紙がしたためられました。八重は、ちょうど着ている羽織がぼろぼろだったので、そのお金で反物を買って仕立てたことを報告しています。

そういった記事も興味深いのですが、私が注目したのは、「十二月初より岡山に参り一月十六日に帰宅」とある一文です。安中とは無関係ということで、これまで注目されることはなかったようです。私の知る限り、八重にとって2度目の岡山訪問でした。1度目は明治13年10月12日のことです。襄と八重は、岡山教会設立式に夫婦揃って出席しています。では八重は、今回何故岡山に1ヶ月半も出向いていたのでしょうか。 特に八重と岡山を結びつけるものは、教会以外に思いつかなかったのですが、八重の養女である初子の動向から、糸口が見えて来ました。米沢出身の甘糟初子は、明治33年に八重の養女となっています。その翌年、生前に襄がかわいがっていた広津友信と結婚しました。当時、アメリカ帰りの友信は襄の後継者ということで、同志社校長心得という重責を任されていました。ところが諸事情から8月に辞任し、9月から同志社を離れて岡山の第六高等学校の英語教師として赴任したのです。

当然、初子も一緒に岡山に転居しました。広津家の岡山生活は、それ以後大正9年に山形の高等学校へ転出するまで、実に20年に及びます。その間に襄治以下たくさんの孫が誕生していますから、それなりに八重との交流は行われていたはずです。八重も何度か岡山を訪れていたに違いありません。明治42年も、そういった広津家とのかかわりの中でとらえることができそうです(襄治は7歳になっています)。ただし私的な訪問ということで、特に記録に書き留められることはありません。それが安中への礼状の中に、ぽろりとこぼれ出ていたのです。

もう一つの記録は、向こうから飛び込んできました。なんと明治42年5月6日に、八重は岡山の山陽高等女学校(現山陽女子中学校・高等学校)で、「白虎隊につきて」という講演を行っていたというのです。そのことは女学校行余会発行の『美さを』42号(明治42年7月17日)に、「白虎隊 故新島襄先生夫人談」として約2頁分の記事が掲載されていることからわかったそうです。これも大河ドラマ「八重の桜」効果なのでしょう。 山陽高等女学校はキリスト教主義の学校であり、当時は上代淑(かじろよし)が校長でした。その淑の父親である上代知新(ともよし)(松山藩出身)は、初期の同志社英学校でキリスト教を学んでいた襄の教え子の一人でした。ですから広津友信とも親交があったと思われます。そういった同志社つながりで、八重の講演が実現したのでしょう。おそらくこの時も、八重は広津家に滞在したと思われます。

八重は白虎隊について、「そのうちには私が鉄砲のうち方を教へたものが3人もあります」と述べています。続けて白虎隊の行動をつぶさに語っていますが、それは八重の体験談ではなく、<語り部>八重の迫真の演技でした。その上で「維新前の母親は、たしかにしかとした精神をもって、子弟に忠孝の道を教へたからであります。人の母でも子でも、我会津藩ではすべて童子訓といふ本の序文によりて教育せられました。それによって君につかへ、親につかふる道を知らせてゐました。当時の人は皆その序文を暗誦して実行させられました。母足るものはわが子に常に之を教へ、之を素読せしめた。私は6歳(懐古談では7歳)の時に其の全文を覚えました。」と、十八番(おはこ)の『日新館童子訓』を引用して訓話しています(暗誦してみせたかどうかはわかりません)。さすがにこの時には「美徳」の話はなかったようですが、八重にとって『日新館童子訓』はバイブル以上のものだったことが察せられます。

いずれにしても、明治42年に八重が2度も岡山を訪問していたことが明らかになりました。今後とも広津家の動向には留意した方がよさそうです。

 

※所属・役職は掲載時のものです。