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教員によるコラム

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※所属・役職は掲載時のものです。

入院して思うこと

2018/10/01

木村 洋子(看護学部 看護学科 准教授)

卒業し看護職になって,すでに30年近く経とうとしている.多くの入院されている方に接してきたが,私自身3人の娘の出産以外入院した経験はない.一度,「大きな病気ではないか」と私なりに覚悟を決め受診したことはあったが,大事には至らず,継続的に受診する必要もなかった.丈夫な身体に産んでくれた今年86歳になる母親に感謝すべきことだと考えている。

出産以外に入院したことがなかった私が,今年初め39度を超える高熱のため入院した.入院までの2日間はとりあえず市販薬を服用し,いつも通り「熱は下がるだろう」と楽観視していた.幸い週末であったため,休み明けに備えて「なんとかしよう」と考えていた.39度を超える高熱でも服薬するとその効果で一時的にではあるが解熱する.その間は普通の日常に戻るわけで,食事をすることも,仕事をすることにも支障はない.ただ,しばらくすると,頭痛に始まり,全身のあらゆる関節の痛みとともに,悪寒(寒気)が出現する.「ただただ,寒い」「ただただ,痛い」としか言いようのない時間が訪れる.周りにいる家族が発する何気ない音にさえ苛立ち,「大丈夫?」という気遣いさえ煩わしいとさえ感じる.痛みに耐えかね,服薬を繰り返すという時間を過ごした.次第にその間隔は短くなっていく.「いつもならこのぐらいで落ち着くのに,年のせいで体力がなくなったのかな」と思いながら,ひたすら養生に努めた.この時,私の中には受診するという考えはなかった。

生憎の週末で仕事ではなく,そばにいてなかなか改善しない状況に参ってしまった夫は突然,「病院に行く」と言い出し,パジャマのまま車に乗せられ,21時ごろに受診することになった.問診・診察が受け,今までの経過を簡単に伝え,検査室で採血をされた.さらに,胸部・腹部CT撮影まで行われた.そして,補液のため点滴をされた。

至急で行われた血液検査の結果によると白血球19000,CRP(炎症反応)13.5で,明らかに何らかの炎症を起こしていると診断され,医師は入院を勧めた.私自身,確かに検査結果には驚いたが,受診もしたし,薬も処方されるだろうから入院をする必要はないと感じていた.このように考える私と違って,家族の答えは「入院させてください」というものだった.結果的に本人の意思とは関係なく入院することとなった.入院時の診断名は「不明熱」.「不明熱」とは,医学大辞典によれば「しばしば38℃を超える発熱のみが3週間以上続き,その原因と考えられる疾患や感染症をうかがわせる理学的所見,さらにはそのほかの症状もあまり認められず,1週間に及ぶ入院検査でも原因不明の発熱状態をいう.原因と考えられる疾患は30から40%は感染症,20から30%が悪性腫瘍,15から20%結合織疾患であり,追加検査と精査を進めていくことが必要となる」とされている.したがって,39℃を超える発熱を引き起こす原因疾患を究明するため,血液培養や腹部エコーも予定された。

外来から入院病棟に移動するときに車椅子が用意されたが,「歩いてきたので,大丈夫です」と言いながら,点滴台とともに歩いて入室した。

22時ごろの入院となり,担当の看護師さんから入院・病棟について説明を受けた.私は「こんな時間にすみません」と何度も繰り返した.その日は外来からの点滴を受けながら,いつの間にか寝てしまった.翌朝,点滴の交換やバイタル測定,配膳等何度か看護師さんが来られた.バイタル測定ではちょうど間(はざま)の時期だったのか36.6℃程度の平熱で,朝食も熱がないので全量をいただいた.体調を尋ねられても「今は大丈夫です」とその度に答えた.主治医の先生は検査の必要性,治療の方向性,今までの経過,今後の見通しについて丁寧に説明してくださった。

入院してからも日に4回から5回訪れる発熱に伴う悪寒(寒気)や戦慄(全身の震え),関節痛は容赦なく,解熱・鎮痛剤の頓服をいただくため,看護師さんの訪室を心から待った.心から待ってはいるけれども,それでも我慢できない場合はナースコールを押し,看護師さんに頓服を依頼し,服薬することを繰り返した.私の発熱の傾向は「悪寒,戦慄,関節痛に耐えかねて,解熱・鎮痛剤を服薬し,38.5℃前後の発熱を経て,時間の経過とともに収束する.5時間から6時間の時間を経て,また悪寒,戦慄,関節痛が出現する」というものであった. 悪寒,戦慄,関節痛に加え,高熱の繰り返しで,次第に疲弊していった。

入院した翌日午後に予定されていた腹部エコーの検査を受けた.女性検査技師さんが私の電子カルテから経過を見て,「高熱続きで,お辛かったですね」と言われた.疲弊しきった私にはとてもとても心に染みる言葉だった.単純ではあるが,この言葉で私自身,発熱サイクル(特に,悪寒,関節痛)に立ち向かえる気がした。

様々な検査の結果,「感染症による敗血症」であると診断され,直ちに感受性の高い抗生物質による治療が始まった.抗生物質が始まったからといって,直ちに発熱傾向が収束するわけではなく,私は相変わらず,疲弊を伴う発熱サイクルの中にいた.それから2日してのち,発熱サイクルから脱したわけではなかったが,退院した.都合4日間の入院であった。

この入院という出来事を振り返ってみると,女性検査技師さんの言葉や関わりは「看護でいうケアリング」に当たる.一般的にケアリングは注意を向けたり,関心をもつこと,何かに対して責任を持つこと,好むことという意味合いで使用される.医学大辞典によれば,「・・・1970年代以降,看護行為の前提である看護職の患者に対する関心,配慮などを強調するために注目され始めた概念である.・・・ワトソンは看護においてケアは行為を指し,ケアリングはむしろその基盤をなす態度や心を指すと述べている.・・・」とされている.まさに,体温を測ること,体温の値,食事を運ぶこと,食事量ではなく,悪寒,戦慄,関節痛に加え,高熱の繰り返しで,疲弊し切った私への関心であり,言葉かけであった。

看護は体温を測ることや体温の値を知ること,食事を運ぶことや食事量を知ることにより,患者に関心を示すこと,その関心に基づいた配慮や言葉かけを行うこと,関心に基づいてケアを行うことの大切さ・有用性を患者の立場として経験した。