同志社女子大学は、1999年に新制大学設置50周年、2000年に同志社創立125周年、そして2001年に女学校創立125周年を迎えるに当たってこの3年間に「同志社女子大学創立125周年・新制大学設置50周年記念事業」を実施すべく、1997年11月につぎの4委員会を設けることを決定した。記念事業実施委員会、記念行事実施委員会、『同志社女子大学創立125周年・新制女子大学設置50周年記念写真集(誌)』編纂委員会、募金委員会である。
このうち編纂委員会は総務課と企画調査課を事務局として、委員には同志社女子大学史料室運営委員(宮川成雄・宮澤正典・坂本清音・清水久美子)と新たに3名(稲田雅美・加賀裕郎・小山薫)が任命され、同年12月8日に第1回編集委員会を開いて発足した。
1998年4月、編集室(楽真館5階旧一般教育資料室・倉庫)を開設し、加藤香織(非常勤)がその任に当たることになった。そこからようやく学内各部課の資料探索と収集、旧教職員への取材を始めたのであるが、1994年10月に開設された史料室の営みの蓄積が基礎にあって初めて可能であったと言ってよい。同志社同窓会『会報』、女子大学の『Vine 』などを通して資料提供を依頼し、並行して記念誌の柱となる年表作成に取り掛かった。
編集の基本方針としては、百二十余年の長きにわたって同志社女子部独自の総合的な通史が編まれてこなかったことに鑑みて、単なる写真集ではなく、この機会にこそ通史を柱にすべきであることが確認された。ただ1912年の専門学部発足以降は、女子大学史であるために普通学部、高等女学部、女子中学校、女子高等学校については、総合学園でありながら、ほとんど叙述の対象とすることができなかった。両者を統合した『同志社女子部の歴史』が編まれることをつぎの時代に託したい。書名に関してはできる限りシンプルにすべく『同志社女子大学125年』とした。 発刊までの期間に人事の異動があった。すなわち、年表がほぼ定稿になろうとする1999年3月、加賀教授が教務部長就任のため、宮川教授が早稲田大学に転じるために委員を辞し、6月、後任に丸山敬介、三宅えり子が就く。ひとり編集室を編集室たらしめてきた加藤が夫君の在外研究に伴うため8月末をもって辞された。このため7月、原田勢津子、今井美樹(非常勤)が継ぎ、さらに編集の最終段階の2000年8月末、今井が留学のために辞し、後任に7月から三上純子が就任した。史料室は、頌美館改築のため1999年8月仮住まいとして楽真館5階(旧一般教育事務室)に事務室を移転した。このことは偶然ながら幸運であったと言うべきだろう。史料室は展示など独自の業務を負いながらも、編集室と隣接していて編集のために連携するうえできわめて好都合であった。史料室の佐藤典子、島口寿美(非常勤)の協力を多とする。
1999年後半に執筆、2000年始めにはその読会と掲載写真の選択をすすめた。その過程で判断を下さなければならないとき、委員がしばしば交わした言葉を思い出す。ニュースにたとえれば、民放の個性的なニュースキャスターのようにではなく、NHKニュース(それが必ずしも客観的というのではないが、比較の問題として)的に心掛けようということであった。編集の実際面では日本写真印刷株式会社、とくに企画制作部ディレクターの奥田亮氏には1年間にわたって多大のご尽力をいただいた。その事なしには刊行は成らなかったであろう。また別掲のように多くの方や機関から貴重な資料の提供をいただいた。そこには掲載しないが学内現職の教職員から協力を得たことも、合わせて心からの謝意を表する。
最後に、私どもは刊行に漕ぎ着こうとするときに当たっていささかの達成感とともに、資料収集について、叙述について、編集について、足らざるの思いで内心忸怩たるものがある。しかし、「本当の意味の歴史というものは、歴史そのものにおける方向感覚を見出し、これを信じている人々にだけ書けるものなのです。私たちがどこから来たのかという信仰は、私たちがどこへ行くのかという信仰と離れ難く結ばれております。未来へ向って進歩するという能力に自信を失った社会は、やがて過去におけるみずからの進歩にも無関心になってしまうでしょう」(E. H. カー、清水幾太郎訳『歴史とは何か』)という言葉は、前記したように本書がつぎの時代のための呼び水になってもらえるかもしれないと思わせる。そう念願する次第である。

2000年10月  『同志社女子大学125年』編集委員会
委員長 宮澤正典

執筆分担
序 章
……… 宮澤正典
第1章、第4章
……… 坂本清音
第2章、第3章
……… 宮澤正典
第5章
……… 清水久美子
第6章 田辺キャンパス
知の構築
知の所産
知のひろがり
キャンパスの樹と花々
……… 小山薫
……… 丸山敬介
……… 稲田雅美
……… 三宅えり子
……… 坂本、清水


記念写真誌 同志社女子大学125年